土民は寒国の住民よりもはるかに早く成人になるのであるから、死別もまた早いと考えてよかろう。
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1)[#「1)」は縦中横] Park's Africa, c. xxi. p. 284.
2)[#「2)」は縦中横]『女子が未成熟のうちに関係することが、おそらく、その短命の原因であろう。子供は極めて放恣で父母の拘束を受けないので、年少のうちから本能の命ずるままに耽溺する。この人民の間では、処女でなくなった時を想起し得る娘を見出すほど珍しいことはない。』Histoire Naturelle de l'Homme, vol. vi. p. 235. 5th edit. 12mo. 31 vols.
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ビュフォンによれば、黒人の女子は極度に多産である。しかしパアクによれば、彼らはその子供をニ、三年も授乳する習慣があり、そして夫はこの期間中他の妻達にもっぱら心を向けているのであるから、各々の妻の有つ子供の多いことは滅多にないように思われる1)[#「1)」は縦中横、行右小書き]。一夫多妻は黒人諸民族では一般に認められている2)[#「2)」は縦中横、行右小書き]。従って、吾々が当然想像すべき以上の数の女子がいない限り、多くの者は未婚生活を送らざるを得ないであろう。この困難は主として、パアクによれば自由人に対し三対一の比例をとるという、奴隷の肩に振りかかるであろう3)[#「3)」は縦中横、行右小書き]。主人は、自分の家庭の奴隷、または自分の家で生れた奴隷は、飢饉の場合の外は、自分やその家族を支えるために売ることを許されない。従って吾々は、主人は、奴隷にさせる仕事に必要な以上にそれを増加させることはあるまい、と考えてよかろう。買った奴隷や戦争で得た捕虜は、全く主人の意のままに委ねられる4)[#「4)」は縦中横、行右小書き]。彼らはしばしば極度の虐待を受け、自由人の一夫多妻により女子が不足な場合には、もちろん女は容赦なく奪われる。厳格な独身状態にある女子はおそらくほとんどまたは全くいないであろう。しかし結婚者数の割合には、かかる社会状態は、人口増加に好都合であるようには思われない。
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1)[#「1)」は縦中横] Park's Africa, c. xx. p. 265. パアクの記述と、ビュフォンが論拠としている記述とは、おそらく、異なる民族の、しかも確かに異る時期の記述なのであるから、両者が互に異るからといってどちらが間違っているとも推断し得ない。しかしパアクの記述の関する範囲においては、それは確かに彼以前のいかなる旅行者の記述よりも信頼し得るものである。
2)[#「2)」は縦中横] Id. p. 267.
3)[#「3)」は縦中横] Id. c. xxii. p. 287.
4)[#「4)」は縦中横] Id. p. 288.
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アフリカは従来常に奴隷の中心市揚であった。かくの如くしてアフリカから流出する人口は莫大恒常なるものがあり、なかんずくヨオロッパ人の植民地に奴隷が採用されて以来は殊に甚しかった。しかし、フランクリン博士の云う如くに、アメリカを半分真黒にしてしまった百年に亙る黒人の輸出により作られた間隙を見出すことはおそらく困難であろう1)[#「1)」は縦中横、行右小書き]。けだし、かかる不断の移出と、不断の戦争による多くの人命の喪失と、罪悪その他の原因による人口増加に対する妨げとがあるにもかかわらず、人口は絶えず生活資料の限界を圧迫しているように思われるからである。パアクによれば、不作と飢饉とは頻々とある。アフリカにおける奴隷状態の四大原因の中で、彼は戦争に次いで飢饉をあげている2)[#「2)」は縦中横、行右小書き]。そしてさほど緊急でない場合には許されないが3)[#「3)」は縦中横、行右小書き]、しかし主人がその家族を養うためには奴隷を売ることを公然許されているという事実は、ひどい欠乏が頻々と囘起することを意味するものの如くである。ガムビア地方に三年間も続いた大凶作の時に、多数の人民は奴隷となった。レイドリ博士がパアクに確言したところによれば、当時多くの自由民が、餓死から助かるために自ら進んで奴隷にしてくれと頼んだという4)[#「4)」は縦中横、行右小書き]。パアクがマンディンにいた時に、食料の不足が起って貧民は非常に苦しんだが、これは次のような事情により痛切に示された。彼がそこにいた毎夕、五、六人の女がマンサの家に来て、各々幾らかの穀物を貰っていた。『あの子供を見なさい』とマンサは五歳ほどの綺麗な子供を指差しながら彼に云った。『あの子の母は自分の一家の四十日分の食料と引替にあの子を私に売ったのだ。私は同じようにして他にもう一人子供を買った5)[#「5)」は縦中横、行右小書き]。』ジャロンカの小部落のスウシイタで、パアク氏はその長から、この地方は最近非常な凶作なので食料を調達し得ないと云われた。その長はまた、現在の収穫を取入れる前には、クロの全住民は二十九日間穀物を食べずにいた、と云った。この期間中、彼らは、全く、ミモサの一種たるニッタ(土人はそう呼んでいる)の莢《さや》にある黄色い粉と、適当に搗《つ》いて調理すると全く米のような味のする竹の種子とで、生きていたのである6)[#「6)」は縦中横、行右小書き]。
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1)[#「1)」は縦中横] Franklin's Miscell. p. 9.
2)[#「2)」は縦中横] Park's Africa, c. xxii. p. 295.
3)[#「3)」は縦中横] Id. p. 288, note.
4)[#「4)」は縦中横] Id. p. 295.
5)[#「5)」は縦中横] Id. c. xix. p. 248.
6)[#「6)」は縦中横] Id. c. xxv. p. 336.
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パアクの記述によれば、アフリカでは非常によい土地がたくさん未墾のままにあるというのであるから、食物の不足は人民の不足によるものと、おそらく云われるかもしれない。しかしこれが事実であるとすれば、かくも多数のものが毎年国外に送り出されるわけがわからない。黒人諸民族が真に欠いているものは、財産の安固と、その一般的随伴物たる勤労である。そしてこれらがなければ、人口の増加は単にその困難を加重するだけであろう。もし、住民の不足しているように思われる地方を満たすために、子供に多額の奨励金を与えると仮定しても、その結果はおそらく、戦争の増加、奴隷輸出の増加、及び貧困の激増に過ぎず、真実の人口増加はほとんどまたは全く生じないであろう1)[#「1)」は縦中横、行右小書き]。
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1)[#「1)」は縦中横] 真実の人口増加に対する二大必要条件としてここに挙げたもの、すなわち財産の安固と、その自然的随伴物たる勤労とは、海岸地方の奴隷取引が、パアクの述べている掠奪遠征に対しこのように不断の奨励を与えている間は、黒人間に現れるとは期待し得ない。この取引が終熄《しゅうそく》する暁には、吾々は合理的に、久しからずして将来の旅行者は、アフリカの諸民族の社会状態に関し、パアクが画いているよりも好ましい描写を吾々に与え得るものと、希望し得よう。(訳註――この註は第四版より現る。)
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ある民族の習慣及びあらゆる民族の偏見は、ある程度この種の奨励金のような作用をする。ブルウスによれば、シャンガラ黒人は、四方を活溌な有力な敵に囲まれ、そして苛酷な労働と不断の不安の裡に生活しているので、女子に対してほとんど欲望を感じない。彼らの一夫多妻の原因は男の側になく妻の側にある。彼らは別々の種族や民族をなして生活しているが、これらの民族はまたも各家族に分たれている。戦いにおいては各家族はそれぞれに独自に攻撃し防禦するのであって、分捕物や掠奪物は彼らのものになる。従って、母親は、小家族の不利益がわかるので、自分の出来るだけのことをして家族を殖やそうと努める。そして夫は妻に強いられてその要求を容れるのである1)[#「1)」は縦中横、行右小書き]。ガラ族における一夫多妻の動機もこれと同一であると云われており、そして両民族とも、第一の妻は第二の妻に、夫に対し同盟を作ろうと求める。そしてその時の主な云い分は、両方の家族は一緒に纒《まと》まって強くなり、そして両方の子供は、数が少ないので戦いの際に敵の餌食となるというようなことはなくなる、というのである2)[#「2)」は縦中横、行右小書き]。しかしおそらく、大家族を持とうというこの極端な望みは、その目的を達することが出来ず、またそれがもたらす貧困と窮乏とは、両親がより[#「より」に傍点]少ない子供の養育に注意を限る場合よりも成人となる子供の数を少なくすることとなろう。
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1)[#「1)」は縦中横] Bruce's Travels to discover the Source of the Nile, vol. ii. p. 556. 4to.
2)[#「2)」は縦中横] Id. p. 223.
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ブルウスは一夫多妻を大いに擁護しており、それが広く行われている地方では女児の男児に対する出生比例は二ないし三対一であると主張してこれを弁護しているが、けだしこれが一夫多妻を弁護する唯一の方法なのである。しかしながら、かかる異常な事実は、彼れの立論の基礎となっているような漠然たる研究を典拠にしたくらいでは、これを承認することは出来ない。かかる風土では、男よりも女の方がかなりに多くいるということは、極めてありそうなことである。女児よりも男児の方が多く生れることが確実にわかっているヨオロッパにおいてすら、女子の数は、一般に男子よりも多い。従って吾々は、暑い不健康な気候、野蛮な社会状態においては、男子の曝らされている事故の数は非常に多くなければならぬと想像し得よう。女子は、家庭に坐っていることが多いのであるから、炎熱や瘴気《しょうき》の苦しみを受けることが少ないであろう。彼らは一般に不節制から生ずる病気に罹ることは少ないであろう。しかしなかんずく彼らは戦争の惨害からは非常に免れることであろう。戦争の止むことのない社会状態においては、この原因による男子の死亡だけでも、両性の大きな不均衡を惹き起さずにはおかないが、殊にアビシニアのガラ族1)[#「1)」は縦中横、行右小書き]について云われている如くに、あらゆる男子を誰彼の別なく殺戮し、結婚可能な女子だけをこの殺戮から救うという風習のある場合には、なかんずく甚だしいに違いない。これらの原因から生ずる両性の現実の不均衡がまず一夫多妻の認許を生ぜしめ、そしておそらく、吾々をしてより[#「より」に傍点]容易に、暑い風土における男女児の比率は温帯において吾々が経験しているものとは極めて異っていると信ぜしめることとなったのである。
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1)[#「1)」は縦中横] Id. vol. iv. p. 411.
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ブルウスは、この問題に関するそのいつもながらの偏見をもって、女子の一部のものの独身生活は一国の人口にとり致命的であると考えているように思われる。彼はジッダ族について云う、生活必要品がほとんどない場所に非常にたくさんの人民が集った結果として食料が大いに欠乏しているので、住民はほとんどマホメットにより与えられた特権を利用することは出来ない。従って彼らは一人以上の妻と結婚することが出来ない。そしてこの原因から、人民の不足と、多数の未婚女子とが生ずるのである1)[#「1)」は縦中横、行右小書き]、と。しかしこの不毛の地における人民の不足はもっぱら食料の不足から起るのであり、そして各人が四人の妻を有ったとしても、人口がそれにより永久に増加し得ないことは、明かである。
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