マされているのを見るであろう。彼はおそらく、住民が依然牧畜状態に留まっているとしても、この地方は遥かに多数の住民を養い得るものと推論するであろう。しかしこれは早急な間違った結論であろう。馬その他のどの役畜も、その力は、単にその身体の最も弱い部分の力に比例するに過ぎぬ、と云われている。もしその脚が細くて弱いなら、その胴体の力はほとんど何にもならない。またはもしその背と腰に力がなければ、それがもつかもしれぬ脚力も十分に働かせることが出来ない。これと同じ推理が、生きた動物を養う力にも適用されなければならない。豊富な季節にあふれ出る多量の食物は、欠乏の季節を暮し通し得た少数のものによっては、到底全部は消費され得ない。人間の勤労と先見とが最も良く指導される時には、土壌が支持し得る人口は一年を通じての平均生産物によって左右される。しかし動物や、また人間の非文明状態では、人口はこの平均より遥かに以下であろう。韃靼人にとっては、冬期間そのすべての家畜を十分に養うほどの量の枯草を集めたり運んだりするのは、非常に困難なことであろう。これは彼らの行動を妨げ、敵の攻撃に身を曝し、そして不幸な日が一日起れば一夏中の労働の結果をふいにさせることになるかもしれない。けだし相互の侵略に際して、運び去り得ない一切の糧秣《りょうまつ》と食糧はこれを焼き払い打ち毀すのが一般の慣《なら》いらしいからである1)[#「1)」は縦中横、行右小書き]。従って韃靼人は冬期間家畜の中の最も価値の多いもののみを養い、残りのものは自ら乏しい牧草を勝手に食うに委せる。この貧弱な生活は、苛烈な寒さと相俟って、当然にその一大部分を滅してしまう2)[#「2)」は縦中横、行右小書き]。種族の人口はその畜群の人口できまる。そして韃靼人の平均数は、沙漠の野生の馬の数と同じく、年々囘帰する冬の寒さと食料不足とのために極めて低く抑止され、かくて夏期の豊富な産物の全部を消費し得ないということになるのである。
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1)[#「1)」は縦中横]『麦や秣《まぐさ》の塚はすべて火を放たれた。………百五十の部落は同様に焼かれた。』〔Me'moires du Baron de Tott, tom. i. p. 272.〕 彼はある韃靼の軍隊の蹂躪と、冬の遠征における苦難とにつき、興味ある記述を与えている。『この日その軍隊は、三、〇〇〇以上の人間と三〇、〇〇〇の馬を失ったが、これは寒さに斃れたのである。』p. 267.
2)[#「2)」は縦中横] 〔De'couvertes Russes, vol. iii. p. 261.〕
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旱魃及び不順な季節は、その頻度に比例して、冬と同じ結果を齎らす。アラビアにおいて1)[#「1)」は縦中横、行右小書き]、また韃靼の一大部分において2)[#「2)」は縦中横、行右小書き]、旱魃は稀《めずら》しいことではない。そしてその周期が六年または八年以上でない場合には、平均人口はかかる不順な時期に土壌が養い得る程度以上に遥かに大になり得ることは決してない。これはあらゆる境遇においてそうであるが、しかしおそらく牧畜状態においては、人間は特に季節の影響を蒙るものであり、そして親家畜の大なる死亡は穀物の不作よりも、更に致命的な、更に長期の影響を残す、害悪である。パラスその他のロシアの旅行者は、家畜の伝染病が、世界のこれらの地方では極めて普通である、と云っている3)[#「3)」は縦中横、行右小書き]。
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1)[#「1)」は縦中横] Voy. de Volney, vol. i. c. 23. p. 353.
2)[#「2)」は縦中横] 〔De'couv. Russ. tom. i. p. 467 ; ii. p. 10, 11, 12, etc.〕
3)[#「3)」は縦中横] Id. tom. i. p. 290, etc. ; ii. p. 11 ; iv. p. 304.
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韃靼人の間では家族は常に尊ぶべきものであり、また女子は家畜の監理や家事に関し非常に役に立つものと考えられているのであるから、おそらく、多くの人々が一家を支え得ないという心配から結婚をしないということはなかろう1)[#「1)」は縦中横、行右小書き]。同時に、すべての妻はその両親から買取るのであるから、時にはこの購買は貧民階級の出来ないことであるに違いない。ルブルキス師は、この慣習について、両親はその娘を売ることが出来るまですべて手許に止めておくから、時には彼らは結婚以前に黴《かび》くさくなってしまうことがある、と云っている2)[#「2)」は縦中横、行右小書き]。囘教韃靼人の間では、女の捕虜が妻の代りをするのが常であった3)[#「3)」は縦中横、行右小書き]。しかし奴隷をほとんど用いない異教韃靼人の間では、妻を買うことが出来なければ、このことは貧民階級に対ししばしば結婚に対する一つの妨げたる働きをしなければならず、殊に女子の価格が富者間の一夫多妻の慣行によって高められている場合にはなかんずく然りである4)[#「4)」は縦中横、行右小書き]。
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1)[#「1)」は縦中横] Geneal. Hist. of the Tartars, vol. ii. p. 407.
2)[#「2)」は縦中横] Travels of Wm. Rubruquis, in 1253. Harris Collection of Voy. b. i. c. ii. p. 561.
3)[#「3)」は縦中横] 〔De'couv. Russ. tom. iii. p. 413.〕
4)[#「4)」は縦中横] パラスは、カルマック族においては、男性の方があらゆる種類の事故に絶えず曝されているにもかかわらず、女子の少いこと、または男性の過剰なことを、指摘している。〔De'couv. Russ. tom. iii. p. 320.〕
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カルマック族は嫉妬深くないと云われており1)[#「1)」は縦中横、行右小書き、「)」が底本では欠落]、そして彼らの間には花柳病の多いことからして2)[#「2)」は縦中横、行右小書き]、吾々はある程度の乱交が瀰漫していると推論し得よう。
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1)[#「1)」は縦中横] 〔De'couv. Russ. tom. iii. p. 239.〕
2)[#「2)」は縦中横] Id. p. 324.
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従って全体として、牧畜生活の中《うち》本章で考察した部門においては、人口を生活資料の水準に抑止する主たる妨げは、妻を得ることの出来ないのによる抑制、女子に関する悪習、流行病、戦争、飢饉、及び極貧から生ずる疾病、であることがわかるであろう。最初の三つの妨げと最後のものとは、ヨオロッパの北方の牧畜民の間では、これよりも遥かに弱い力でしか作用しなかったことがわかる(訳註)。
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〔訳註〕第一版における牧畜状態に関する総括的記述として次の如きものがある、――
第三章――『牧畜民族では地位の不平等が直ちに生じて来るが、この何らかの不平等がある場合には、食物の不足により生ずる困窮は、社会の中最も恵まれない人々の上に最も強く落ちて来る。この困窮はしばしば女子をも襲ったが、けだし女子は夫の不在中に不意の掠奪の危険に曝されており、またその帰宅を待ってもいつも失望しなければならなかったからである。
『しかしこれら民族の詳細な歴史を十分に知らないので、正確にどの部分に食物の不足の困苦が主として落ちて行ったか、またどれだけそれが一般の負担となったかは指摘し得ないとしても、私は、牧畜民族について吾々が有っている一切の記述からすれば、移住やその他の原因によって生活資料が増加した時には彼らの人口は常に増加し、そして窮乏と罪悪とによってそれ以上の人口増加は妨げられ現実の人口は生活資料と等しくされていた、と立派に云うことが出来ると考える。
『けだし、女子に関して彼らの間で広く行われていたと思われる悪習は、常に人口増加に対する妨げたる作用を演ずるものであるが、これを別としても、思うに、戦争の遂行は罪悪であり、またその結果は窮乏である、と認められなければならず、そして窮乏が食物の不足の結果たるは何人も疑い得ないところであるからである。』
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第八章 アフリカ各地における人口に対する妨げについて
アフリカのある地方を訪れたパアクは、その地方がよく耕やされてもおらず、また住民も多くはない、と述べている。彼は、広い立派な地域の多くに、全く住民がいないのを見た。そして一般に各国の辺境は人口が極めて稀薄であるか、または全然人影がなかった。ガンビア河、セネガル河その他の河の海岸寄りの湿地帯は、不健康であるために、人口には不適当に思われた1)[#「1)」は縦中横、行右小書き]。しかし他の地方はこれと種類を異にしており、そして、土壌が驚くべきほど肥沃なことを見、労役用にも食用にも適する大きな畜群を見、更に広大な奥地水運の便のあることを考えてみると、かくも自然の恩寵に恵まれた国が、現在の蒙昧な放置された状態に依然として止っているのを嘆かざるを得ない、と彼は云っている2)[#「2)」は縦中横、行右小書き]。
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1)[#「1)」は縦中横] Park's Interior of Africa, c. xx. p. 261. 4to.
2)[#「2)」は縦中横] Id. c. xxiii. p. 312.
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しかしながら、この荒廃状態の原因は、黒人諸民族の一般的習慣に関するパアクの記述によって明瞭にわかる。彼は云う、無数の小国に分たれ、それが大砥独立して互いに嫉視している国においては、ほんのつまらぬ挑撥《ちょうはつ》からしばしば戦争が起ると想像されることは当然である。アフリカの戦争には二種類あり、その一つはキリイと呼ばれるもので公然の戦争であり、他方はテグリアで、掠彰または窃盗である。この後者はごく普通であり、殊に旱魃期の初期に、収穫が終って食料が豊富な時に多い。かかる掠奪行は常に迅速な復讐を惹き起す1)[#「1)」は縦中横、行右小書き]。
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1)[#「1)」は縦中横] Park's Africa, c. xxii. p. 291 and seq.
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かくの如く不断に掠奪に曝されているために生ずる財産の不安固は、必然的に、勤労に最も有害な影響を与えずにはおかない。すべて辺境地方の荒廃状態は、これがどの程度に作用するかを十分に証明している。気侯の性質は、黒人諸民族が労働するのに適しない。そして、彼らの労働の剰余生産物を利用する機会は多くはないから、吾々は、彼らが一般に、自分自身を養うに必要なだけの土地を耕すので満足しているのに、驚くことはない1)[#「1)」は縦中横、行右小書き]。これらの原因は、この国が未開墾状態にある理由を説明するに足るように思われる。
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1)[#「1)」は縦中横] Park's Africa, c. xxi. p. 280.
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かかる不断の戦争及び掠奪侵入における生命の浪費は、莫大でなければならぬ。そしてパアクは、暴力的原因は別としても、黒人の間では長生きは稀であるというビュフォンの説に同意している。彼は云う、大抵の黒人は四十歳で白髪皺顔となり、五十五歳ないし六十歳まで生きる者はほとんどない1)[#「1)」は縦中横、行右小書き]、と。ビュフォンはこの短命の理由を、尚早な性関係及び若年からの過度の放蕩に帰している2)[#「2)」は縦中横、行右小書き]。この点については彼はおそらく誇張しているかもしれぬ。しかしこの原因に頼り過ぎなくとも、自然的類推に従って、熱帯の
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