ノおけるその人口が、トラキア、パノニア、ガリア、スペイン、アフリカ、イタリア、及び英蘭《イングランド》のある地方が、その以前の住民の多くの形跡を残さぬほどの人口を有つのを、可能ならしめるほどであったとすれば、彼らは実際非常に人口が多かったことになるからである。しかしながら、彼自身これらの国に北方民族が拡がるに要した時日は二百年であると云っている2)[#「2)」は縦中横、行右小書き]。そしてこれだけの時日があれば、あらゆる空地を充たして余りあるほどの新世代が生れて来るであろう。
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1)[#「1)」は縦中横] Robertson's Charles V. vol. i. s. i. p. 11.
2)[#「2)」は縦中横] Id. p. 7.
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北方からの移動が継続するのを停止せしめた真の原因は、ヨオロッパの最も望ましい国に侵入するのがもはや不可能になったという事実である。それは当時、最も勇敢にして最も進取的なゲルマン種族の子孫の住むところとなっていた。そして彼らがこんなに早くその先祖の気力を失い、おそらく蛮力では優っているかしれぬが人数と技術では劣った種族に、その土地を奪われてしまうとは、考えられぬことであった。
陸路では一時の間その近隣者の武勇と貧困とに妨げられていたが、スカンジナヴィアの諸民族の進取の精神と過剰人口とはまもなく海路に吐け口を見出した。シャアレマン大帝の治世以前にも恐れられていたが、この大帝の時にはその用心と武力とにより辛うじて彼らは撃退された。しかし大帝の弱体後継者の下で帝国が争乱に陥っている時に、彼らは猛火の如くに低サクソニイ、フリイズランド、オランダ、フランドル、及びメンツに至るまでのライン河流域に、拡がったのである。
沿岸地方を長期間荒した後、彼らはフランスの中心地に入り込み、その最も美しい都会を掠奪し焼き払い、その王侯に莫大な貢物を課し、そして遂にフランス王国の最も立派な州の一つを割譲させた。彼らはスペイン、イタリア、及びギリシアを恐怖に陥れ、到る処に荒廃と恐怖とを拡げた。時には彼らは、相互の殺戮を求めるかの如くに、同志打ちをした。また時には、彼らの狂暴な蹂躪によってある場所に生じた恐るべき人間破壊を他の場所で埋め合せるのを望むかの如くに、未知のまたは無住の国々に移民を送ったのである1)[#「1)」は縦中横、行右小書き]。
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1)[#「1)」は縦中横] 〔Mallet, Introd. a` l'Histoire de Dannemarc, tom. i. c. x. p. 221, 223, 224. 12mo. 1766.〕
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英蘭《イングランド》のサクソン諸王の秕政《ひせい》と内乱とは、フランスのシャアレマンの治世の後に生じた弱点と同様の結果を生み出した1)[#「1)」は縦中横、行右小書き]。そして二百年の間、英国は、これらの北方侵略者により、絶えず、蹂躪されまた部分的にはしばしば征服された。八、九、十世紀の間、海はヨオロッパの端から端まで彼らの船隊で覆われた2)[#「)」は底本では欠落][#「2)」は縦中横、行右小書き]。そして今日技術と武力とにおいて最も有力な国も、彼らの不断の掠奪の好餌であった。しかしこれらの国の力が増大し合体するにつれ、遂に、かかる侵入による成功をこれ以上期待することは一切出来なくなった3)[#「3)」は縦中横、行右小書き]。北方の諸民族は徐々としてかつ詮方なく、彼らの自然的限界内にとじこもり、その牧畜的風習、及びそれと共にそれが与える侵掠と移住との特殊便宜を、商業と農業との気永の労働と手間どる報酬と交換せざるを得なくなった。しかしこの報酬の手間どることは、必然的に、この人民の風習に重大な変化を齎《もた》らしたのである。
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1)[#「1)」は縦中横] Mallet, p. 226.
2)[#「2)」は縦中横] Id. p. 221.
3)[#「3)」は縦中横] おそらく文明世界は、火薬の採用による戦術の一変によって、進歩せる技術と知識とが肉体力よりも決定的に優越するに至るまでは、新たな北方または東方からの侵入から完全に安全になったとは考え得なかったことであろう。
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昔スカンジナヴィアが絶えず戦争をし移民を出していた時代には、家族を養い得ないという恐れから結婚を妨げられた者はほとんどなく、またはおそらく一人もなかったであろう。近代のスカンジナヴィアでは、これに反し、最も差し迫ったしかも至当な理由のあるこの種の心配から、結婚が絶えず妨げられている。このことは、後に他の場所で述べるように、ノルウェイで特に甚しい。しかし同じ心配は、程度の多少はあるがヨオロッパのどこでも大きな力で働いているのである。幸にも近代世界の状態は前よりも平静なので、そんなに急速な人間の補給を必要としない。従って自然の多産性はそれほど一般的には発揮せしめられ得ない。
マレエは、その『デンマアク史』の初めにのせた北方諸民族に関する優れた記述の中で、彼らの移住が故郷における余地の不足から起ったという証拠は見出し得ない、と云っている1)[#「1)」は縦中横、行右小書き]。そして彼が与えている理由の一つは、大きな移住の後には、これら諸国はしばしば永い間人影のない無住の地となっていた、という点である2)[#「2)」は縦中横、行右小書き]。しかしこの種の事例は時には起ったかもしれぬが、稀であると思う。当時行われていた敢為と移住の習慣によって、全人民が時により[#「より」に傍点]肥沃な土地を求めて動いたこともあろう。この場合には、彼らが前に占有していた土地はしばらくの間は無住の地となる。そして人民の全的移住が示す如くに何か特に好ましくないことがその土壌か位置の上であるのであれば、かかる抛棄された土地を直ちに占有するよりも、剣によって自らを養う方が、周囲の野蛮人の気質に適合するかもしれない。かかる全的移住は、社会が分裂を欲しないことを立証しはしたが、しかし彼らがその敵国において場所と食物とに窮しないことを決して立証するものではない。
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1)[#「1)」は縦中横] Hist. Dan. tom. i. c. ix. p. 206.
2)[#「2)」は縦中横] Id. p. 205, 206.
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マレエが与えているもう一つの理由は、スカンジナヴィアと同様にサクソニイでは、広大な土地が、今まで掘ったことも伐りひらいたこともなく、本来の未耕状態にあり、そして当時のデンマアクの記録によると、海岸だけに人が住み、奥地は一つの大森林となっていた、という点である1)[#「1)」は縦中横、行右小書き]。彼がここで、住民の過剰と大きな実際の人口とを混同するという、普通の誤謬に陥っていることは、明かである。この人民は牧畜的風習と、戦争及び敢為の習慣のために、その土地を開拓し耕作することを妨げられたのである2)[#「2)」は縦中横、行右小書き]。そしてまたこれらの森林こそは、生活資料の源泉を狭めることによって、人口の過剰を惹き起す役割を果したのであり、すなわちその国の乏しい食物が養い得る以上の人口を生ぜしめる役割を果したのである。
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1)[#「1)」は縦中横] Hist. Dan. tom. i. c. ix. p. 207.
2)[#「2)」は縦中横] 『諸君は彼らに、敵を呼び傷を求めよとは容易に説得することが出来るが、、土地を耕し歳月を待てとはそれほど容易には説得し得ないであろう。血をもって得られるものを汗をもって得ることは、怠惰、怯懦と考えられている。』Tacitus de Mor. Germ. 実際人類の歴史上、習慣を変更するの甚だしく困難なることほど明かなるものはない。従って、その土地を適当に使用しない人民は欠乏に悩まない、と推論することほど、誤った議論はあり得ないのである。
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何故に、貧弱な、寒い、人口稀薄な国が、一般に人口過剰となる傾向を有ち、強く移住を促されるかということにつき、それほど注意されないもう一つの原因がある。より[#「より」に傍点]温いより[#「より」に傍点]人口稠密な国、特に大都会と工業の多い国においては、食物の供給不足が長く続けば、ほとんど間違なく、暴威を振う大きな疫病の形でか、またはこれより激しくないが、しかし慢性的な疾病の形で、流行病をもたらさずにはおかない。貧弱な、寒い、人口稀薄な国では、これに反し、空気が防腐的性質を有つので、食物の不足または不良から生ずる窮乏がかなり続いても、かかる結果は生ぜず、従って移民を促すこの強力な刺戟は遥かにより[#「より」に傍点]長く働き続けるのである1)[#「1)」は縦中横、行右小書き]。
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1)[#「1)」は縦中横] 伝染病の周期の遅速は、土壌、位置、空気等の如何《いかん》によってきまる。従ってエジプトやコンスタンチノウプルの如きでは毎年来襲し、トリポリやアレッポの附近の如きでは、四、五年に一度来襲し、英蘭《イングランド》の如きでは十、十二、または十三年に一度来襲するかしないかである、ノルウェイ及び北方諸島[#「ノルウェイ及び北方諸島」に傍点]の如きでは二十年以内には来襲しない。Short, History of Air, Seasons, etc., vol. ii. p. 344.
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しかしながら、私は、故国における食物その他諸事情の緊迫に促されなければ、北方諸民族は決して遠征を企てなかった、というものと考えられたくない。マレエは、これはおそらく本当のことであろうが、毎年暮になると何の方面に向かって戦争をするかを相談するために会議を開くのが彼らの習慣であった、と云っている1)[#「1)」は縦中横、行右小書き]。そしてかくも強い好戦欲を涵養《かんよう》し、最強者の権利は神の権利なりと考える人民の間では、戦争の機会に不足することは決してなかったであろう。この純粋な、利害を超越した戦争と冒険の愛好心の外に、時には、内乱、戦勝敵国の圧迫、より[#「より」に傍点]温暖な気候への憧れ、またはその他の原因が、移住を促したことであろう。しかしこの問題を概観するに、私は、この時代をもって、人口原理の極めて顕著な例証を与えるものと考えざるを得ない。この原理たるや、ロウマ帝国を覆えし、後にはデンマアク及びノルウェイの人口稀薄な国から溢れ出でつつ二百年以上の間ヨオロッパの大部分を荒廃し蹂躪したところの、矢継早の冒険者の侵入と移住の、本来の衝動と行動の発条を与え、消尽し得ざる源泉を供しかつしばしばその直接的原因を作ったものである、と私には思われるのである。アメリカ合衆国におけるとほとんど同じほどの大いさの人口増加の傾向を想定することなくしては、この事実は私には説明し得ないように思われる2)[#「2)」は縦中横、行右小書き]。そしてかかる想定をすれば、吾々はかかる野蛮時代を特徴づけている不断の戦争と莫大な人命の浪費とに関する不快な詳録を読んだ時に、その実際の人口に対する妨げを指摘するに当惑することはないのである。
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1)[#「1)」は縦中横] Hist. Dan. c. ix. p. 209.
2)[#「2)」は縦中横] ギボン、ロバトスン、及びマレエはいずれも次におけるヨルナンデスの 〔Vagina^ nationum〕 という用語は不正確で誇大であると解しているように見える。しかし私にはこれは適言であると思われる。もっとももう一つの 〔officina^ gentium〕 という用語は、少くともその訳語 storehouse of nations は、正確ではない。
『スカンジアの島から、民族の貯蔵所(〔officina^ gentium〕)ま
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