アれらの奴隷の労働は、非常に大きな人口を養うに足るほど十分には農業に向けられなかったことがわかる。領土の若干について事情はどうであったとしても、イタリアにおける農業の衰退は一般に認められているように思われる。無償で人民の間に分配するために多量の穀物を輸入する有害な慣習は、人民に大打撃を与えたが、その打撃からは人民はその後決して恢復することは出来なかった。ヒュウムは曰く、『以前には穀物を輸出していたイタリアが日々のパンのために全属領に依存しなければならなくなったことを、ロウマの学者達が喞《かこ》った時に、彼らはこの変化を決してその住民の増加には帰さず、耕耘及び農業の放棄に帰したのである1)[#「1)」は縦中横、行右小書き]、』と。更に他の場所で彼は曰く、『すべての古代の著者は、遠隔な諸州、殊にシリア、キリキア、カパドキア、小アジア、トラキア、及びエジプトから、イタリアへと、不断の奴隷の流入があったことを、吾々に物語っているが、しかしイタリアでは人口は増加せず、そして著者達は勤労と農業の不断の衰退を喞っているのである2)[#「2)」は縦中横、行右小書き]。』と。トラヤヌス帝及びアントニヌス家の下における平和が、人民の習慣をして、かかる事態を本質的に変更するほどに急変せしめたとは、ほとんど考えられないのである。
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1)[#「1)」は縦中横] Essay xi. p. 504.
2)[#「2)」は縦中横] Id. p. 433.
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奴隷制の状態については、それが行われている国においてそれが種の増殖にとり不利であることの最も有力な証拠は、かかる不断の流入を必要とするという事実である、と云い得よう。この必要は同時にまた、古代の奴隷は現代の下層階級のものよりも人間の養育に役に立つ、というウォレイスの説を1)[#「1)」は縦中横、行右小書き]、全く否定するものである。彼が述べているように、現代の労働者が全部結婚するわけではなく、また彼らの子供の多くは、両親の貧困と怠慢とのために死んだりまたは病身で無用になるのは、疑いもなく真実であるけれども2)[#「2)」は縦中横、行右小書き]、しかもかかる増加の障害にもかかわらず、いかなる国においても、それが自由な国であるならば、その社会の下層階級が、彼らの労働に対する需要にたっぷり等しいだけの
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