資本に対するあらゆる租税、農業者の必要品に対するあらゆる租税は、計算に現われて来るであろう。そしてもしこれらすべての費用を斟酌した後に、生産物の価格が、用いられた資本に対し一般利潤率によっての正当の報酬及び少くともその以前の状態における土地の地代に等しい地代を、残さないならば、計画された改良をなすに足る動機は存在し得ない。』『諸観察』二二頁。
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いかにしてこれらの章句は、もし生活必要品が、その分量の増加に比例せる需要の増加を創造するという性質を有たないならば、その時には、そしてその時においてのみ、生産された豊富な分量は粗生生産物の価格を生産費にまで下落せしめるであろう、ということを主張する章句と、調和せしめらるべきであるか? もし穀物が決してその自然価格以下にないならば、それは決して現実の人口が彼ら自身の消費のために必要とする以上に豊富ではない。他人の消費に対してはいかなる貯蔵もなされ得ない。しかる時はそれはその低廉と豊富とによって人口に対する刺戟となることは決してあり得ない。穀物が生産され得るに比例して、労働者の労賃の騰貴は家族の維持力を増大するであろう。アメリカでは人口は急速に増加するが、それは食物が低廉な価格で生産され得るからであり、豊富な供給が事前になされているからではない。ヨオロッパでは人口は比較的緩慢に増加するが、それは食物が低廉な価格で生産され得ないからである。通常の事態においては、すべての貨物に対する需要はその供給に先行する。もし穀物が需要者を出現せしめ得ないならば、それは製造品と同様に、その生産価格にまで下落するであろう、と言うことによって、マルサス氏は、すべての地代が吸収されてしまうということを意味し得ない。けだし彼は自ら正当にも、もしすべての地代を地主が抛棄しても穀価は下落せず、けだし、地代は高い価格の結果であって原因ではなく、そして何らの地代も支払わずかつそこで産する穀物はその価格によって労賃及び利潤を囘収するに過ぎないという一地質の耕地があるからである、ということを述べているからである。
次の章句において、マルサス氏は、富める進歩的な国における粗生生産物の価格騰貴の原因についての有能な説明を与えているが、そのあらゆる言葉に私は同意する。しかし私には、それは、彼れの地代に関する試論において彼が支持している命題のある
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