すなわちそれが購買または支配し得る労働量は、貧困と窮乏の時には騰貴し、富と繁栄の時には下落するが、この富と繁栄の時は常に大豊富の時であって、それはけだししからざればそれは富と繁栄の時ではあり得ないからである。穀物は必要品であり、銀は単に余計物であるに過ぎない。』
 互に何らの聯関も有たない二つの命題がここに提起されている。すなわちその一つは、想定された事情の下において穀物はより[#「より」に傍点]多くの労働を支配するということであって、争う余地のないことであり他方は穀物はより[#「より」に傍点]高い貨幣価格で売れ、すなわちそれはより[#「より」に傍点]多くの銀と交換されるということであって、私はこの後者は誤りであると主張する。もし穀物が同時に稀少であるならば、――もし平常の供給がなされなかったのであるならば、――これは真実であるかもしれない。しかしこの場合それは豊富である。日常以下の量が輸入されまたはそれ以上が必要とされるとは、されていない。穀物を購買するためにオランダ人またはジェノア人は貨幣を欲し、そしてこの貨幣を得るために彼らはその余計物を売らざるを得ない。下落するのはかかる余計物の市場価値及び市場価格である。しかし貨幣がそれらと比較して騰貴するように見える。しかしこれは穀物に対する需要を増加せしめる傾向を有たず、また貨幣価値を下落せしめる傾向も有たないであろう、この二つのことが穀物を騰貴せしめ得るただ二つの原因なのである。貨幣は信用欠除その他の原因によって、大いに需要され、従って穀物に比較して高価になるかもしれない。しかしいかなる正しい原則に拠《よ》っても、かかる事情の下においては貨幣は低廉となり従って穀価は騰貴するであろう、ということは主張され得ないのである。
 吾々が異る国の金、銀、その他の貨物の価値の高下を云う時には、吾々は常に、吾々がそれらを測定しているある媒介物を指示すべきであり、しからざればその命題にはいかなる観念をも附し得ない。かくて、金がスペインよりも英国においてより[#「より」に傍点]高価であると言われる時には、もしいかなる貨物も指示されないならば、この主張はいかなる観念を伝えるか? もし穀物や橄欖《かんらん》や葡萄酒や羊毛が英国よりもスペインにおいてより[#「より」に傍点]低廉な価格にあるならば、それらの貨物で測定すれば、金はスペインにおい
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