ものである。)
共和制第九年分の各知事の報告、並びにその後一八一三年に政府が発表した若干の報告は、私が想像したよりも低い出生率を与えているが、それだからといって私は前章の推算や仮定を変更した方がよいとは思わない。それはけだし第一に、これらの報告は、結婚の奨励と出生率とが最大であったと思われる革命の初期を含んでおらず、また第二に、それはやはり、前章がその説明を目的とした主たる事実、すなわち革命中の死亡にもかかわらずフランス人口が減少しなかった――もっともこれは出生率の増加よりもむしろ死亡率の低減によって生じたものかもしれないが――という事実を、十分に確証するように思われるからである。
共和制第九年の報告によれば、出生、死亡、結婚の総人口に対する比率は、次の通りである、――
[#ここから表]
出生/死亡/結婚
三三分の一/三八・五分の一/一五七分の一1)[#「1)」は縦中横、行右小書き]
[#ここで表終わり]
[#ここから2字下げ]
1)[#「1)」は縦中横] ジュネエヴのプレヴォ氏の手になる、本書仏訳第二巻八八頁の貴重な註を参照。プレヴォ氏は、第九年の出生、死亡、結婚の報告には脱
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