びに政治的事情に比較して、子供の出産にはいかに依存しないものであるかを、示すものである。
ブルウスは曰く、『六時半に、吾々は、ガリガナに着いたが、これはその住民がすべて前年に餓死してしまった村である。彼らのあわれな骨はすべて葬られもせず、前に村のあった場所に散らばっていた。吾々は死者の骨の間に野営した。どこも骨のない所は見出し得なかった1)[#「1)」は縦中横、行右小書き]。』と。
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1)[#「1)」は縦中横] Id. vol. iv. p. 349.
[#ここで字下げ終わり]
彼はその途上のもう一つの町または村について曰く、『ティアワの勢力は馬二五頭であった。爾余《じよ》の住民は、村々の爾余のものと同様に、裸かの惨めな卑しい一、二〇〇人のアラビア人だったらしい。………これがティアワの状態であった。しかしこの状態が続いたのも、ダヴェイナ・アラビア人がこれを攻撃する決心をし、穀物畑が一夜にして多数の乗馬隊によって焼き払われ破壊され、その住民の骨がガリガナのあわれな村の骨と同じく地上に散らばっているのがその唯一の名残りであるというような状態に、なるまでのことでし
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