が不確実であるかまたは悪化しているならば、個人の蓄積は最も心が進まず遅々として行われるものとなろう。そしていかなる生産の便宜、根強い怠惰の習慣と先見の不足の下においては、生活必要品の永久的な増加と適当な分配を齎らし得ないであろう。
 ここに挙げた好都合な事情なるものが、シベリアには併存していないことは明かである。地質の上で克服しなければならぬ物理的欠点は何もないと仮定してさえも、人口の急速な増加の途上にある政治的及び道徳的障害は、極めて徐々としてしか、善導せられたる努力によって打克ち得るにすぎない。アメリカにおいては、農業資本の急速な増加は、普通労働の労賃の高いのに負うところが多い。元気な青年が奥地で自分自身の植栽地を開始するには、少くとも三四十ポンドの金を自由にし得ることが必要と考えられている。これくらいの金額は、労働に対する需要が大であり、それが高い率で支払われているアメリカでは、大した困難なく数年にして貯え得よう。しかしシベリアの過剰の労働者は、家を建て、家畜や農具を買い、そして彼れの新しい土地を整理して適当な収穫を挙げ得るに至るまで生活して行くに、必要な金額を、集めることは極めて困難であろう。農業者の子供ですら、成長の暁、これらの資金を調達するのは容易ではないであろう。穀物に対する市場が極度に狭く、その価格が非常に低い社会状態においては、耕作者は常に貧しい。そして彼らは簡素な食物でその家族を十分に養い得るかもしれないけれども、その子供らに分ちそして彼らをして新しい土地の耕作をなすを得せしめるべき、資本を作ることは出来ない。この必要資本は極めて小で足るとしても、この小額を農業者はおそらく獲得し得ないのである。けだし彼が通常以上の量の穀物を作ればその購買者を見出し得ず1)[#「1)」は縦中横、行右小書き]、そしてそれを、将来その子供のいずれかをしてそれを等しい生活資料または労働を支配し得せしめるべき何らかの永久的物品に転換することを得ないからである2)[#「2)」は縦中横、行右小書き]。従って彼はしばしば、彼れの家族の直接の需要とそのなじみの狭い市湯を満すに足るだけのものを、栽培するだけで満足している。そしてもし彼が大家族を有つとすれば、彼れの子供の多くはおそらく労働者の地位に落伍し、そして前述の労働者の場合と同様に、彼らのそれ以上の増加は生活資料の不足によって妨げられるのである。
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 1)[#「1)」は縦中横]『住民の大部分は耕作者であり、彼ら自ら家畜を飼育するので、この地方では、販路は非常に小である。』――Voy. de Pallas, tom. iv. p. 4.
 2)[#「2)」は縦中横]  ここに挙げた原因に加うるに、最近私は、世界のこの地方で広大な肥沃な土地が未耕のままになっている主たる理由の一つは、蝗《いなご》の大群であり、これはある季節にこれらの地方を蔽いつくし、その被害から成長する穀物を護ることが出来ない、ということを聞いた。
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 従って、これらの国において、その人口の増加のために必要なものは、子供の出生及び養育に対する直接の奨励ではなくして、その分配の手段を促進することにより、土壌の生産物に対する有効需要を作り出すことである。このことは、製造業を導入し、そして耕作者にそれに対する趣味を喚起し、かくして国内市場を拡大することによってのみ、達成され得るものである。
 ロシアの先女帝は製造業者及び耕作者を奨励し、そしてそのいずれかに従事する外国人に、一定期間一切無利子で資本を供与した1)[#「1)」は縦中横、行右小書き]。この適宜な努力は、ピイタア一世の既往の業績と相俟って、当然予期せられる如く、顕著な効果を挙げた。そして数世紀の間ほとんど人口が停止しまたはせいぜいのところ極めて遅々として増加しただけで眠っていたロシアの領土、なかんずくアジア方面の領土は、近年突如として活動を開始したようである。シベリアのより[#「より」に傍点]肥沃な諸州の人口は、その土壌の豊度に比べればなお極めて不十分であるけれども、それらの中のある地方では農業は少なからず栄えており、そして多量の穀物が栽培されている。一七九六年に起った一般的の凶作の際に、イセツク州は収穫が乏しいにもかかわらず、すべての近隣諸州を飢饉の恐怖から免れしめた上に、ウラルの鋳物業者や鍛冶屋に通常通り供給することが出来た2)[#「2)」は縦中横、行右小書き]。またイェニセイ河流域のクラスノヤルスク地方においては、住民が怠惰で飲酒好きであるにもかかわらず、穀物は非常に豊富であり、ために一般的の凶作は今まで知られていない3)[#「3)」は縦中横、行右小書き]。パラスは、二百年とは古くない昔のシベリアが、全然未知の荒野であり
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