すがは東京だと、私はその機敏さに舌を巻いた。
次に眼をつけたのがパンであった。パンは初め在留の外人だけが用いていたのがその頃ようやく広まって来て、次第にインテリ層の生活に入り込みつつあった。けれどもこのパンが一時のいわゆるハイカラ好みに終るものか、それとも将来一般の家庭に歓迎され、食事に適するようになるものか、商売として選ぶにはここの見通しが大切であった。これは自分らで試してみるが第一と、早速その日から三食のうちの二度までをパン食にして続けてみた。副食物には砂糖、胡麻汁、ジャム等を用い、見事それで凌いで行けたし、煮炊きの手数は要らぬし、突然の来客の時などことに便利に感じられた。
こうして試みること三ヶ月、パンは将来大いに用いられるなという見込がついた。もうその年も十二月下旬であったが、萬朝報の三行広告に「パン店譲り受け度《た》し」と出して見ると、その日のうちに数ヶ所から、買ってくれという申し込があった。がその中につい近所帝大前の中村屋があったのにはびっくりした。それは私がこの三ヶ月間毎日パンを買っていた店で、しかも場所柄なかなか繁昌していたから、まさかその中村屋が売りに出ようとは思
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