うということになったのである。

    パン屋を開く

 さて商売をするとはきめたが、商いどころか、日々入用のものを買うことすら知らぬ我々である。何商売をすればよいものか、軽々しく着手すれば失敗に終るにきまっていた。これは素人の弱味ということに充分の自覚を持ってかからねばならぬと思われた。そう考えると、昔からある商売では、玄人の中へ素人が入るのだから、とうてい肩をならべて行かれそうもない。むしろ冒険のようには見えても、西洋にあって日本にまだない商売か、あるいは近年ようやく行われては来たが、まだ新しくて誰が行ってもまず同じこと、素人玄人の開きの少ないという性質のものを選ぶのが、まだしもよさそうであった。
 そこで思いついたのが西洋のコーヒー店のようなものを開くことであった。上京後仮りに落着いたのが本郷であったから、ちょうど大学付近で、この店はいっそう面白そうに考えられた。そうだ、それがよかろうと夫婦相談一決して、いざ準備にかかろうとすると、もう一足お先に、本郷五丁目青木堂前に、淀見軒というミルク・ホールが出来てしまった。残念ながら先を越されて、私はもう手の出しようがなかったのである。さ
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