てお間に合わせるので、本郷中村屋のパンの評判が上がり、したがってお得意も日に日に増え、一週に二度となり三度になり、おやつ頃にはよそからお買いにならずに待っていて下さるようになりました。
 それがだんだんと拡がり、千駄ヶ谷方面、代々木、柏木と、もうとうていまわり切れないほど広範囲にお得意を持つようになって、すると今度はそのお得意様の方から『どうだ一つこちらへ支店を出しては』というお心入れで、私は、それをききました時は有難さに泣き、ああもったいないと思いました。その番頭はお得意のお引立てにいっそう力を得まして、支店候補地をあらかじめ見て来たといって『千駄ヶ谷駅付近が最も有望です』という報告でした。
 しかしその時私は四度目のお産の後、肥立が思わしくなく、床に就きがちでしたところへ、僅か半年でそのみどり児を失い、その悲しみや内外の心労と疲れから全く絶望の状態に陥っておりまして、気力もなく昏々と眠りつづけておりました。その中で、はっと気がつき『これではいけない』と起き上がりました。『店の人たちがあんなに働いて開拓していてくれるのに、これは早く見に行かなくては』と思うと、もう一時もじっとしていら
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