まったことは取り返せません。この上はもっと売上げを増すより道はない。一つ何とか工夫しましょう』
これはその時期せずして一致した私ども両人の考えでした。しかしこちらでそう思いましたからといって、急にそれだけ多く買いに来て下さるものではありませんし、売るには売るだけの道をつけねばなりません。それにはどうしてもどこか有望な場所に支店を持つよりほかないのでした。大学正門前のパン屋としては、私どもはもう出来るだけの発展をしていました。場所柄お客様はほとんど学生ですし、大学、一高の先生方といっても、パンでは日に何程も買って下されるものではない、と言って高級な品を造って見たところで、銀座や日本橋――当時京橋、日本橋付近が商業の中心地でした――の客が本郷森川町に見えるものではなし、ここでは、たとえ税金の問題が起らなくとも、私どもの力がこの店以上に伸びてくれば、早晩よりよき場所へ移転の説が起らずにはいないところでありました。
支店を設けるにしても、移転するにしても、これはなかなか冒険です。見込違いをした日には現在以上の苦境に立たされることになります。とその頃ある地方の呉服屋の次男で、救世軍に入ったが
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