別として、ここに来て会社の製品を買う客の意外に少ないのは、この定価以下の崩し売りが会社自身の売店では出来ないからであって、会社自身の不見識な商策から直営店の繁昌が望まれないことは、皮肉といおうか笑止といおうか、会社でもたしかに困った問題であろう。
 かつて森永が独占的地位を占めていた大正の初め頃、某百貨店が森永の製品を定価の一割引で売り出したことがあった。その時森永ではただちにその百貨店に抗議して、全国幾十万の菓子店の迷惑であるとて譲らず、ついに商品の輸送を停止してしまったことがある。百貨店側では自分の方の利得を犠牲にして客に奉仕するのに製造会社の干渉は受けないという言い分であったが、さすがに権威ある森永は、そんな商業道徳を無視するものの手で我が製品を売ってもらおうとは思わぬ、絶対にお断りするといって、二年間も頑張り通したのであった。
 ちょうどその頃、佐久間ドロップで会社が設立されて、製品が宜《よろ》しかったので私の店でも取引し、販売に尽力した。ところがある日お客から意外な叱言を受けた。
『このドロップは○○(森永製品の輸送を中止された店)では一斤四十銭で売っているのに、貴店で五十銭
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