セールは松屋の年中行事となっていたが、銀座進出と同時にこれを廃《や》めてしまった。内藤氏が私の忠言に耳を傾けたのかどうかは知らぬが、他の百貨店が競って特価廉売景品等に浮身をやつす中に、現在松屋だけが超然としているのを見ると、私はじつに会心の微笑を禁じ得ないのである。

 正価販売の話のついでに、私はもう一つこのことを言いたい。
 現在森永の定価十銭のキャラメルが八銭で売られ、明治の小型キャラメルが三箇十銭で売られているのは周知の事実だが、信用ある大会社の製品がこんなに売りくずされているのを見るのはまことに遺憾である。
 世間ではこれを単に小売店の馬鹿競争と見ているようだが、私に言わせれば両会社の責任である。会社自身が互いの競争意識に引きずられて、一時に多量の仕入れをする者には割戻し、福引、温泉案内などの景品を付ける。したがって必要以上に多量に仕入れた商品は、それだけ格安に捌《さば》くことが出来るのみでなく、終には投売りもするようになる。この順序が解っているから両会社も市中の乱売者を取り締ることが出来ない。森永も明治も市内目抜きの場所にそれぞれ堂々たる構えで売店を出しているが、喫茶の方は
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