かの心配はなく、ある程度の売上げは当てにしてよかったのである。けれどもそこに危険がある。店が売れているのに失敗したという先の主人中村萬一さんの二の舞いを、うっかりすれば我々が演じることになるのである。ことにそちらは玄人こちらは素人、いっそう戒心を要することであった。
 そこで私は中村さんがこの店を手離さねばならなくなった失敗の原因を、店の者にも質し、人からも聞き、また自分でも周囲の事情に照して考えて見た。すると、先主人中村さんは商売にはなかなか熱心であった、お内儀《かみ》さんもしっかりしていたと誰もが皆言う。それがふと米相場に手を出し、ずるずるとそちらの方に引張られて行って損に損を重ね、とうとう債鬼に責め立てられて店を離さねばならなかった。相場は魔物だ、中村さんも魔物に憑《つ》かれてやりそこなった、と世間の人々は言うのであった。しかしなおよく聞いて見ると、この夫妻は商売に熱心ではあったが、だいぶ享楽的であった。朝も昼も忙しいが、その間にも肴《さかな》を見つくろっておくことは忘れず、日が暮れれば夫婦で晩酌をくみ交して楽しむ。そういう時雇人たちは自然片隅に遠慮していなければならなかった。む
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