かなければならないと思う。
 私が本郷にいた時借家にいましたが、家主のおやじが来ると、いつもお茶を一緒に飲む。そのおやじが言うには、
「中村屋さん、あなたやおかみさんが一緒にお茶を飲んでいていいんですか。店に小僧だけおくと、誤魔化されますよ。私の家でこんなことがあったんです。私と家内が奥に居て、店から奥までに五円札がなくなった。大騒ぎをして探したら、庭の隅から出て来たんです。ほんとに小僧は油断がなりません。どうぞ構わず、お一人は店にいらっしゃい」
 ということでした。
 それが今までの商店の方法ですが、私はそれではいかん。そういうふうにすれば、幾らかは悪い奴を防げるかしれんが、こんなことではとうてい防げるものではないと思う。悪いことをしない癖をつけなければならぬ。
 私はすべて店員を紳士だと思っている。たま[#「たま」に傍点]に悪いことをした者には、お前はどうして自分の信用を裏切った。お前は何か私が不親切なことでもしたか、小遣いに不自由なことをさせたか、貯金は千円も出来ているじゃないか、なぜそんなさもしい[#「さもしい」に傍点]ことをしてくれたと言う。すると泣き出す。
 とにかく、責任を本人に負わせなくてはいかんと思う。今までどうも店員を尊重しなかったのがいけないと私は思う。よほどこれは考えなければならない。
 学校などでも、先生は生徒を呼びすてにしたり、どなりつけたりするが、学校の先生はああすべきものでないと思っている。私はどんな小さい店員でも呼びすてにしたことはない。
 私は、店員にお辞儀をせよということは言わない。それはちっとも苦にもしなければ、いちいち他人行儀に「お早うございます」でもない。と思ったので、ある時新しいコックが、
「お宅のように、お辞儀を御主人にしないのは驚きますね」
 と言うから
「どうして」
 と言うと、
「他所《よそ》ではとても厳しいですよ」
 と言う。
「私はお辞儀をしてもらってもためにならんから、別に言わないのだ」
「でも、お辞儀をする方がいいですな」
 と言うから、
「お前、来てどうだい、中村屋《うち》と外でちがったところはお辞儀をしないだけか。」
「そうですね」
「中村屋《うち》では喧嘩をしないことになっているんだが」
「そうですね。中村屋《うち》へ来て一年になりますが、喧嘩を、そういえば見たことがありませんね。」
「これだけいて喧嘩をしないということは、お辞儀をしないことの帳消しにならんかね。」
「なるほど、そうですね。」
 と言ったことがある。仕事を一生懸命やっていてくれるので、お辞儀をしてくれなくても、少しも苦にはならない。

    商店経営についての一問一答

 ある人が来て中村屋の経営苦心談を聴かせてくれというので、一問一答をした。
「中村屋が今日になるまでは数十年という永い歳月をすごしたが、この間よくまたお店の主義をかえられずに来ましたね」
「どこよりも一番よいものをということが開業した時からの信条で、これを頑張り通されぬようだったら商売はしないという堅い決心でやって来ました。これが私の道楽でもあり、儲ける、儲けぬということよりも、なんでも日本一よいものを作って売るということで一生懸命だった。それが誇りでもあった。」
「然し品がよければ高く売らなければ引合わないし、高ければ売行きは悪い。そうすると、経営上の点で最初の理想通りに頑張り通すことは出来なくなって来る。ついに迷い出す。方針をかえたくないという、危い瀬戸際を何度も往復されましたでしょう」
「それは少し苦痛もあった。いくらよい品を作っても、そう急に認められるものではないし、相当永い間の辛抱を要する。だからたいがいの人が辛抱しきれなくなって最初の方針を破ってしまうのだが、そこで方針をかえるということは、結局今までの犠牲が虻蜂とらずに終るばかりでなく、かえって信用をおとす結果となる。だからよいと信じて着手したことはトコトンまでやって見なければいけない。いったい多くの人は成功をあせりすぎるようだが、一足飛びに成功しようとしたってそううまく行くものではない。」
「経営上の苦心談をきかして頂きたい」
「他よりも良い品を作るには、他よりも腕のすぐれた職人を入れなくてはならない。和菓子では風月堂に九年も職長をした菓子界でも相当知られていた男を職長に迎えて思う存分に腕を振わせた。材料の仕入などは私の所がどこよりもやかましいと仕入先からいわれたくらいだ。だから私の店でこしらえたものは他のどこのよりよいと信じている。ところが、ある時、ニューヨークで偶然にもうちの羊羹と虎屋の羊羹とが一所で味を比較されたことがあって、その批評によると、うちの方がよくないという情報が私の耳に入った。そこで私は早速職長を呼んで訳を話した。ところが職長はどうしてもそんな筈はないといって頑張るので、試食比較してみると、なるほどかわっていない。そこでいろいろ原因を調べて見たが分らない。ところがうちの羊羹の方が虎屋のものより形が甚だ小さいために、外観が貧弱に見えて如何にも味までが劣っているように見られたのであるということがわかった。そこで今までより形を三倍大きくしたところが非常に評判がよくなった。これは一例であるが、私は頑固のようだが、いろいろの人の意見を努めて聴くことにしている。悪いと思えばすぐ改める。昔からのしきたりなどにこだわってはいない。以前の話だが、店の者が近くへ引越した某邸へ御用聞きに行った。ところがそのお邸ではとりつけの店があるからというので、てんで[#「てんで」に傍点]中村屋など眼中にないという風で、剣もホロロの挨拶だった。店員はくやしがって帰って来たが、それから四五日するとそのお邸から電話で菓子の注文があった。不思議に思いながら行ってみると、そこの奥様が出てこられ、先日の非礼を詫びられて、これからひいき[#「ひいき」に傍点]にしてくれるとの話であった。よくわけを聞いてみると、そのお邸では、最近よそから貰うおつきあい物の菓子がほとんど中村屋のものだったので、あらためてとりつけの店の品と試食してみたところ、何ら遜色がない、しかし価は廉いというので、店へ注文されるようになった。しかしこうして認めて貰うまでにはなかなかの努力と苦労があるものである。」
「主人が店頭に出て金を受取ったり、品物を渡したりしているようなことでは駄目だというのはあなたの所論だそうで、お店にも滅多に顔を出されぬと聞いていますが、それはあなたのように立派な御子息がお店を切回わしていられるから、そういうことをいっていられるのではないだろうか」
「私だって毎日店へは出て居ます。それはただ三人や四人の店員を使っている店では、主人も一緒になって働かなくてはならないが、二三十人からの店員を使うような店では、主人が使用人と同一になって、一局部の仕事に没頭しているようではいけないというのです(中村屋には二百幾十人の従業員がいる)。単に主人ばかりではない。職長とても同じことで、高給を取る職長になればなるほど自分で仕事などしない。職工達をよく指導監督して、材料の無駄、時間の無駄のないようにと仕事の手順を按配してやって、総体的に能率をあげるようにする。自分で仕事に没頭していて大局が分らぬようではなんにもならない。結局、大将は第一線に立つより帷幕にあって謀をめぐらすべきだというのです。だから彼の武田信玄が『大将の刀は妄りに抜くべきものではない、大将には軍配があれば沢山である』と言ったあの言葉のうちに学ぶべきものがあると思う。
 これについて数十年前の話であるが、森永が資本金二百万円の日本唯一の大製菓会社となった時、そこの社長の森永太一郎さんが、自ら白いエプロンをかけて職工達と一緒になり工場に入って菓子をこさえているというので、いろいろと新聞や雑誌に賞讃されたことがある。私はこれには賛成することが出来なかった。なぜといわれると、言うまでもなく資本金二百万円もの大会社の社長ともなれば、社長には社長としての仕事がある。それを森永さんは大事な社長の仕事は番頭格の松崎半三郎氏に任せきりで、自分はいわば技師長の仕事しかしていなかったのだ。その方針で来た結果森永さんはどうなったか? とにかく大将には大将としての仕事があるということの的を逸してはならないと思う。」
「ところで、店員達の使い方について何か秘策でも……」
「いや、別にコツも何もない。ただ店員たちが働いてくれるから、自分はこうしていられるのだという店員に対する感謝の気持ちをもって接している。それも雇人を他人だと考えないで、自分の子供だと考えている。自分の子供だとすると悪いのがあってもすぐやめさせるという訳にも行くまい。何とかしてよくしてやらねばならぬ、それも非常に出来のよいものと悪いものとがあるが、これも本人の天性だから仕方がないが、各々適材適所に振り向けて仕事のやりよいようにせねばならぬ。それに仕事の非常に出来る何でもやれる人間だと得てして悪い方面に陥り易いものだが、主人はこれを一段と高い所から見ていて、少しやりすぎると思う者には注意し、伸び足らぬ者とほどよく按配して全体の調和をよくしてやる。これでなければ小にしては店、大にして国でも円満に発達して行けないと思う。私はお庭の植木屋のする仕事を見て非常に感心しているのだが、植木屋は勢いのよい伸びすぎる木だとドンドン鋏を入れて、伸びの悪い木に太陽の光が当るようにするとか、あるいは植えかえるとかしている。店でも国家でもこの呼吸でやるべきものと思う。ところが今の有様では自由放任で勢いのよい奴は伸びるだけ伸び放題というやり方だから、一二の巨木が天をおおってしまって下になった樹木は枯死するという状態だ。
 一例だが、海外へ出ていろいろな話を聴いて見ると、日本人が海外で何十年もかかって営々辛苦して基礎を築いた商売が、三井物産などの手が伸びると根こそぎ奪われてしまうというような話もある。ともかく海外において三井物産に睨まれたら商売が出来ぬというほどで、大使館、領事館よりも三井物産がコワ[#「コワ」に傍点]がられているという話だ。こうして少数の財閥が何もかも独占してしまうので、小さいものは手も足も出ないようにされてしまう。これが、二・二六事件などの原因をなしたのではないかと思う。それかといって、この一、二の巨木をきり倒してしまう必要は全然ない。これも我が庭園の景趣を添える上に欠くべからざる樹木なのだから、庭全体の眺めのよいように適当に鋏を入れて、大木は大木として存在させて置くことには差支えない。またこうした巨木のあることは隣家への大きなほこりでもあるわけだ。」
「中村屋だけはデパートみたいに近代化されているので店員は恵まれている訳ですね」
「うち[#「うち」に傍点]の店は御覧の通りおかげさまで非常に忙しい。店員たちはほとんどスキがない。そこで、パン、和洋菓子、喫茶、食事等にわたって各部門ごとに一人当りの製造高や販売高を調べると、製造高から見ると従来の日本菓子の職人は一日一人二十円くらいのものだがうち[#「うち」に傍点]ではその二倍四十三円くらいこさえている。といった具合で私の標準としているレベルよりも、製造販売ともに平均一割一分ほど余分に働いてくれている状態である。だから店員達も相当つかれる。そこで、働く時間は短くして早くしまわせる。その代わり時間中は一生懸命やって貰う。その方が能率的である。よく店員など使うのに少しでも遊ばせて置くのはもったいないとか、時間を長く使うほど得だとかいうふうに考えてずいぶん長時間働かして喜んでいる主人がある。また職長になると、あながち自分が手を下して仕事をするばかりが能でないのだが、何とか忙しそうに手をつけていないと主人が気に入らぬ。人間だからそう長時間ハリツメて働ける訳のものではない。正直に真剣にいうてもそんなに永く働いていたら身体がまいってしまう。適度に休養して身心にユトリを与えてよく働くというふうの人でなければ決して大成しない。あせってハリキっているばかりが能じゃない。ある有名な雑誌
前へ 次へ
全33ページ中21ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
相馬 愛蔵 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング