にも聞えますが、私が実地経験致しましたことを御参考に申上げます。私の所は最初パン屋でありましたので、今日でも中村パン店と呼ぶ方が少なくないのでありますが、パン一種の製造のみでは、夏は非常に忙しくなりますが、冬になるとひま過ぎて困りましたところより、何か冬売れるものをと物色しまして、日本菓子を併せて製造販売致そうと思い立ち、これを始めましたのが今より三十年前であります。さて菓子職人を雇入れて見ますと、以上申せし如き悪習慣がきわめて多いので何とか改良すべきだと考えまして、当時東京で第一流店主人に話して、職人の給金を増して、盗みぐせを止めさせるようにしてはと相談しましたところ、その主人の答には、彼等の盗みぐせは、菓子職人社会の何百年来の習慣であって、いまさらそういうことをしてみたところで改まるものではない。やはりその盗み分をおよそ見積って、それだけ給金を少なくするよりほかはありません、ということでありました。
しかし私にはそんな無情なことは出来ませんので、給金を倍にしまして、なおまた子供のある者には子供手当、老人があれば養老手当を添える等心を配りました、なおまた特に忙しく利益の多かった時は
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