る両親の食いものとして犠牲に供せられるのである。またある父兄は極貧饑に迫る境遇でありながら、我が子を小僧見習に出すのをこの上なき恥辱と心得ている輩もある。これらが小僧払底の最大原因であろう。愛児を他家へ奉公に出すということは、情において忍び難いところであるけれども、かりに家において職工の下働きとして通わせたり、給仕として通勤させて三四円の金を得たところが、これは本人の食料にならぬではないか。また幸いにして昇進したところが、大発達を逐げられるものではない。しかるに小僧丁稚としてある業を見習わせておけば、その時ただちに月々送金するということは出来ないが、自分だけの食料は主人から与えられ、少しくらいの小遣銭も貰える。また数年あるいは七八年の後にはともかく一つの職業を覚えるから、主人から暇を取ってどこへ行っても一人前の職人として、あるいは番頭として、立派に生活して行くことが出来るのである。しかるに愚昧なる父兄はただ目前の小利のために愛児の前途を全く誤らしめていながら、少しも悟るところがないのである。
 小僧の不足に反して、二十歳より二十四五歳前後のいわゆる中年者の口を求める者の数多いことは実に
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