っては如何程の苦痛であるかは、恐らく今の苦学生諸君よりもなおより多くその苦しみを知っている。ゆえに創業の初めはかなり有望な苦学生を採用する方針を取り、経済の許す限り彼らの便宜を計ったつもりであったが、これは全く失敗であった。これあながち彼らの罪にのみ帰することは出来ない。また我々が彼らを率いるに無能であったのでもない。つまり彼らは学問が目的であるからなるべく労働の時間の少ないことを希望する。これに反して我々の希望は営業の繁栄にあるのだから、配達小僧が今夜学に行くという理由をもって得意の注文を断ることが出来ない。ここにおいてか勢い被雇人と雇主との間が甚だ無責任で、無礼で乱暴であり、万事に不都合不体裁なことがしばしばあることしきりに非難するが、これもつまり雇主と被雇人とが方針を誤まった結果であって、ひとり苦学生のみを責めるのは少しく酷である。
英国等では高等の学問を修める人々は、いずれも学資の裕かなる富豪や貴族の子弟であって、学資の乏しい貧家の子弟は学問などするものとは思っていないということである。今や我邦の趨勢もまさにこれに等しからんとする傾きがある。世の苦学生たるもの今にして顧慮する
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