であるにかかわらず、その昔の主人公たりし印度人が貧乏になって、裸足で椰子の実をかじり、あるいは少しばかりの米を食ったりして居ります。しからば、今までの富はどこへ行ったかと云うと、それは英国に行った。英国人の贅沢も、立派な道路も、奪われた富の一部であると私は考えました。
奪われた商権
何故に富を奪われたかと申しますと、一面において印度が政治上、英国の支配を受けなければならない様になったがためでありますが、私の見る所では、経済上英国人に負けたことが重大なる原因になって居ると思います。例えば、印度人が一生懸命になって椰子をつくる、その椰子の実は昔なら十銭したものを五銭くらいで英国人に買取られる。その相場が不当であっても、商権を持っていない印度人は如何ともする事が出来ず、仕方なく売ってしまう。
これが英国人の手にはいると、椰子の実は精製されて、菓子の原料のココナッツとなり、あるいは上等の石鹸に製造されて、一個分が五十銭か六十銭になる。その他紅茶も作られて居りますが、これも一ポンド分の原料を僅か五十銭か六十銭かに英国人に買取られたものが、紅茶に製されて世界の市場に出ると、一ポンド
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