が二円五十銭とか三円とかいうような値段で市場に売られて居る。私の店でもリプトンティーを販売して居りますが、仕入の際に、印度の原価は五十銭じゃないか、二円五十銭はあまり高すぎると云ったところで相手にされない。
茶を作って居る印度人は裸足で歩いたり、粥をすするよりほかないのに、原料を五十銭で買って造った茶を三円で売る英国人は、自動車をとばして居る。
こういう事情を見ても商権を奪われるということくらい、浅ましい無惨なことはないと感じました。
而して我が国を観れば
然らば自分の国は如何と顧ると、なるほど日本は印度ほどのことはありません。が、甚だ似たところがあります。日本の生命とも云うべき生糸が千円以下でなければ売れない。農家は繭を一貫三円か四円で売らなければならない現状でありますが、その繭を造るに五円五十銭もかかるのであります。それを三四円で売って居ては、養蚕する農家は年々借金が増すばかりであります。
然らば生産費にも当らない生糸の値を誰がつけたかというと、結局日本の生糸を需要する米国人等に売権を握られて、相場を左右されて居るがためであります。
かく生糸は安いのにかかわら
前へ
次へ
全330ページ中223ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
相馬 愛蔵 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング