いでもない。まあ毎年一人すなわち二十四五人に一人くらいの割でこれが居るであろうか、従来はこの一人を防ぐために、他の二十余人までいわゆる監視つきの注意人物として見ていたその気苦労もまた一通りではない。で、現在はこの考えをすっぱり[#「すっぱり」に傍点]と改めた。すべてを皆立派な人間として扱う。もしその内に間違いがあっても、これはとんだ怪我をしたものだとあきらめる。この考えを持つようになってから、店員の不正はかえって少なくなったと思っている。
常に店員に感謝
私は常に店員のために繁昌しているのだという感謝の念を忘れたことはない。ゆえに待遇も雇人扱いをせず、すべて家族並みである。例えば食事にしても、主人達と同じものを食べさす。否、それ以上のものを食べているとも言える。というのは、家族の者が時々店へ行って店員達と食事を共にすることがあるが、どうも内のより美味しいと言っている。それもそのはず店では専門の料理人がつき切りで世話をやくのに、自宅の方はなれぬ女中がつくるのであるから……夏になると家族は行かなくても、店員達は全部を二度ずつ鎌倉の別荘へ海水浴にやることにしている。この往復電車
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