この大切な、そして至難な新参時代の辛抱をなし遂げず、十中八九までは不成功に終るのである。これを雇主の側よりいう時は、中年者は普通の小僧よりも遠慮があって非常に使いにくく、年の割合に無能で用に立たず、それで人の命令に服従することが出来ず、実に厄介物である。ゆえに商家はいずれもこの中年者を排斥して雇入れるもの甚だすくない。それゆえもし将来全く商業に志を立てんとする者は、いわゆる頭の固まらざる十四五歳(貧富にかかわらず)を適齢として、初めから小僧として実習せしむるがよい。遅くも高等小学校卒業後ただちに着手しなければならない。なまじ中学校などの味を知ると、労働を卑しむ心が生じて、少年の進路を妨害する。皮相な学問くらい害毒をなすものはない。

    店員に日曜休暇を与うるの可否

 動物園の動物に月曜病という一或の病いがある。これは日曜日は例日より観客多くして、動物に食物をあまり多く与えすぎるより、胃腸を害して、翌日は病気を引起すのである。小僧や学生にもこの病気は普通である。
 上州のある製糸家の話に、工女に日曜の休暇を与えてからは、他の工場に比して病人は減少し、工女の手にただれの出来るのが甚だ少なくなった。また日曜は宗教上の簡易な談話をきかせ、肉霊ともに静養を与えたところが、下品な話や挙動は改まり、気品は高くなって大いに風紀の改良が出来たが休暇の翌日すなわち月曜日は、動物の月曜病と同じく、一種の遊びぐせがついて仕事に身が入らず甚だ不成績である。また休暇なき工場に養われた工女は、もし怠って役員から発見されれば、減食あるいは打擲の罰を加えられるので、自然気が強くすなわち気が張っており、よほど沢山の仕事を命じてもなかなか閉口しないが、我が工女は気が優しく意気地がなく、忍耐力の減少しつつあることは著しい事実である、と言われている。ゆえに日曜日半日は宗教の談話を聞かせ、半日は自分の洗濯や針仕事に精を出させるように仕向け、これによって幾分その怠り癖を防禦しつつあると。また今日まで日曜休業して居った有名な店で、近来休暇を廃して営業することになったものもある。されば日曜休暇をするの可否は、大いに研究すべきものと思う。
 ある識者は雇人に休暇を与うることを全く認めずして曰く、小人閑居して不善を為すという譬の如く、休みを与えらるるのは彼ら飢えた狼に肉を見せびらかすと同じことである。すべての悪所に突進して、日頃の鬱を散ずることであろう。その結果彼らに悪習慣を作らしめるのみである。ゆえに欧米各国の如く、普く文明の行き渡らない我邦においては断じて雇人に日曜の休暇を与えないがよいという説である。
 自分は開業以来この問題のため幾回苦慮したであろう。幾人の意見をきき、そうして自分はますます迷った。けれどもついに店員に向って半日休暇を与えることに決った。この結果はやはり誰もいう如く、月曜日はたしかに不成績であった。日曜の休暇は、営業上収入[#「収入」は底本では「収人」]の減少を来たすが、それは意とするに足りない。ただこれがために惰気を生ずるのを恐れるのである。朝も例日よりはおそく起き、配達にも手間が取れる。下女もふらふらとヘマばかり働く、菓子の製造が遅れる。店が乱雑を極めるというように、万事不都合たらたらである。しかしこの休暇を楽しませつつ労働せしむれば、休みなき七日よりは六日間の仕事は好結果を示している。たとえ休みを与えることによって、多少の不都合を生ずるとしても、あれも人の子樽拾い[#「樽拾い」は底本では「樽捨い」]、小僧も女中もやはり人の大切な子である。一週に一日あるいは半日の休みを与えて心身を休養せしむるは至当の事といわねばならぬ。我が店員等が明日の楽しさを想像して喜色満面という土曜日の夜は如何に我が店の賑やかなることよ。床屋に走るあり、襦袢の襟をかけ直すあり、あたかもお祭りの前日の如くである。我等はこの有様を見て、昔の我が寄宿時代を思い出し、微笑を禁ずることが出来ない。

    従来の小僧制度を改むべし

 従来小僧を雇うには、その職業を本人の年齢によりて、多少の相違はあるが、たいがいは数年もしくは七八年の年期を約束して雇うのである。この間に主人は弟子として万事の世話をすべきはもちろん、一人前の職人あるいは商人を仕立上げねばならぬ責任のあるもので、小僧はまたたとえ如何なる事情があるも、年期内に暇を取り、あるいは中途で奉公がえする等のことは断じてなすまじきことを誓いしほかに、保証人を立て、初めて主人と小僧の関係を結ぶものである。この方法はいたずらに出入りして我がまま勝手を行わしめぬ予防に過ぎないが、時に本人に甚だ不適当にして、将来見込のない仕事を無理無体に強いる場合がある。これは普通の我がままと違って、主人と本人の父兄も大いに酌量して、他に善後策を講じて
前へ 次へ
全83ページ中77ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
相馬 愛蔵 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング