やらなければならぬ筈だけれど、多くは急に解雇すると自分の不都合を来すゆえ、無理無体本人の気の進まぬところに止めておき、こき使うのであるが、結局小僧は主人に無断で逃げ出すか、気がひねくれて仕事を本気にしないようになる。ある主人は逃げ出した小僧の後を追って歩いて、新主人のもとまで小僧を取戻し談判に来たことがある。が、本人は決して伴れ帰られることを好まないとて固く拒絶した。すると旧主人は新主人に向って、この上は仕方がないから貴方が本人を雇ったという証書を書いてくれと請求した。新主人は烈火の如く怒って答えるには、貴方は人間の子と物品と間違えて居られるようであるが、物品ならば拙者は預り書も差上げようが、奴隷売買は廃され人間は自由の権を与えられたる今日、かくの如き人権を無視するということは許すまじき乱暴の行為である。それでも本人をつれ戻さねばならぬものならば、首に繩でも結びつけて引張って行かれようと叱ったので、彼の旧主人は渋々帰って行った。そしてその本人たる小僧は、新主人のもとに在って、満足してある仕事に従事しつつあるということを聞いた。かかる場合は世間にずいぶん多いことであるが、反古にも等しい証書を楯にしたり、旧慣を墨守して本人の意思を束縛する時は、あたら有為の若者をして将来を誤らしめる事となる。これ従来の小僧制度を改めざるべからず理由の一つである。
 また今は、如何なる商売も日に日に同業者の多きを加え来り、これが激甚なる競争となって、ますます生活難の度を高めることになった。ここにおいてか、主人たる者は、年期のあけたところの店員のすべてに小資産を与えて、同種同業の店を出さしむることは、とうてい不可能のことである。仮りに十人あるいは二十人の店員を有する大商店があって、他日すべての店員にことごとく資本を与え、あるいは種々の便宜を与えて同業を開店せしめることが出来たとするも、都下にはまた他にも同業者が多数あって、各々全力を尽して奮闘しつつあるその間に割込み、しかも同種同業を営むのであるから、勢い友を食い、主人の領分を侵してまでも自分の活路を開かねばならぬゆえ、その極激甚なる競争となり、安価となりついには共潰れの惨劇を演ずるようになる。さなきだに資本と信用の乏しき新店は、容易に一家をなし得るものにあらず、かつ卑劣なる主人にありては、長年忠勤をはげみたる番頭の始末に窮して、些細の過失を口実となし追出す工夫をする。これ一種の惨酷な殺生である。しかし今日の戦争の世の中、多くはかかる結果に立至るものである。ゆえにこの旧式の年期小僧の制度を改めて、すべて雇人制度となし、初めよりその年齢と手腕に応じて給金を与え、その幾分を主人の手許に預けることにして、他日のために備えしめ、一方には商法に関する一般の知識を涵養せしむるように監督をなし、そうして相当の理由ある時には何時にても自由行動を許すことにしたならば、主人たる義務も尽したこととなり、また主人の負担も軽くなることである。この方法を採用するに特に注意すべきは、店員はたとえ主人と異なった業を営なむこととなっても差支ないように、日頃商売の呼吸というものを充分呑み込ましておくことを決して忘れてはならぬ。
 ある牛肉屋に雇われたる一配達夫は、無意味な配達をしている間に、大いに悟るところあって僅かの貯金を資本にして開業した。しかし主人と同業ではなく、玉子屋であった。またある商店に雇われた若者は、ただ僅か数円の金をもって菓子の行商を始めたが、いまなお盛んに同商売を持続している。この二人はすなわち年期小僧でなく、雇人制度を実行する主人の下で働いたものであるが、主人の得意をすぐって自分の得意とすることが出来た。これも平素誠実に働き充分信用を得ておいたからであって、ほとんど無資本でしかも主人と異なった商売をして、立派に成功したのである。これに反してある粉問屋に七八年の年期を終えて、ようやく一人前の若者となった人があった。主人は若干の慰労金を与えていうに、お前は開店しても決して我と同業を営んではならぬ。よろしく他に商売を求めよ。それで若者はやむを得ず白米屋を開業したが、米を識別する鍛錬がなかったのと資本の薄いために、たちまちにして失敗し、今はどこに潜んでいるか影さえ見たものがないという。

    職人小僧は如何に導くべきか

 従来の職人は実に忌むべき癖を持っていた。いわゆる職人根性とて、一種の痼疾となっているものである。すなわち労働時間と休み時間の区別なくて、甚だ自堕落で横着なのである。仕事にとりかかっているのに、煙草吸うては手を休め、またそのうちに仕事にかかり、またしばらくして煙草を吸う。かくの如くにして半日で終らすべき仕事もわざわざ一日を費すのである。つまり職人自らこのくらいの仕事をなせばよいのだときめ込んで、ただ時間を
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