た場所に開店する方が多くの客を引くことが出来るのに、東京では概して飛び離れた場所では、多く客を引きつけることは出来ない。だいたいにおいてこれだけの事情が頭脳になくて、ぼんやり店を開いた結果は当然失敗する。

    四、家の位置構造に注意せざるに因る

 第四にはいよいよ場所の選定が出来た後に、その場所の如何なる家を借り受け、または買い入れるべきかということが問題である。田舎出の人の通弊として、適当の場所に適当の家が容易にみつからないのに、あせって軽率に資本をおろす、その結果は取り返しのつかぬ失敗を来すのである。
 商店を見定むるについては、何業に限らず総じて朝日夕日を受くる家は避けなくてはならぬ。その商店がはげしい日射によって損傷を被むることは著しいが、特に八百屋、卵子屋、果物屋、菓子屋などは朝日夕日を受ける店ではその損害もまた甚しい。
 また、田舎の人の常として、家賃や雑作の安い家を求むるに骨折るのであるが、場所の好い所は家は悪くても、雑作の価は一種の場所権となっているので、雑作家賃の安い所では、商売は成り立たぬ筈のものである。普通に家が立派で雑作の安いのを選ばんとするものは大なる見当違いである。また道幅と間口との関係がある。例えば銀座通りの如き道幅の広い所では、間口の狭い店ではとうてい人の目を引くことは出来ない。下谷仲町、本郷森川町、牛込通寺町の如き道幅の狭い所では間口二間くらいでも十分に客を引くことが出来る。畢竟するに間口は資本に応じなくてはならん。資本が少ないのにいたずらに間口の大きい家では、店が寂しくて、とうてい客を引くことは出来ないわけである。ゆえに家を選定するには、まずこの辺の事情を十分参酌しなくてはならん。これらはその店が繁昌するか衰亡するかに少なからぬ関係を有している。

    五、地方の事情を以って東京を律せんとする

 東京と地方との事情の相違点について注意すべきは、地方では物価の安値ということが信用を博する唯一の手段であるけれども、東京ではむしろ商品の精良ということを主としなくてはならん。地方ならばあの店は安いとの評判が立てば、一厘二厘の相違で三丁五丁の道を厭わずに買いに行くくらいであるけれども、東京では便利ということが主となっており、かつ周囲がきわめて複雑であるために、多少の安値くらいで客の足を引き寄するは決して容易ではない。その中には資本倒れとなってしまう。むしろ品質の精良に努めなくてはならん。東京人は概して安値よりも品質の精良を好む習慣がある。しかも一般の趨勢が追々に贅沢に傾きつつあるから、今後の競争の要点は品質の精良と確実とに帰する。この事情をのみこまずにいる商人は、終には失敗に帰するのである。

    六、装飾と仕入れの呼吸を知らず

 店頭の装飾の如何は、客を引きつける上に大関係がある。中流以下の多数の客を相手とする店はあまり綺麗にすることはかえって不得策である。例えば居酒屋、飯屋、駄菓子屋などでは、店を綺麗にしたために、全く顧客を失った例は沢山ある。これに反し、中以上の客を相手の店では装飾はなるべく綺麗にする傾きが近年ことに著しい。パン店などでも、五年前には装飾費用が二三百円くらいで足りていたのが、今日ではこのために千円以上を費さなくてはならぬ有様である。だいたいの装飾の一般程度といえば、これはその場所に適応せしめなくてはならん。近隣よりもあまりに飛び抜けて綺麗にしては、客は入って来ることを躊躇するのである。もしまた近隣よりもはるか見劣りする店ではもちろんよろしくない。要するに近隣の平均に少し立ち優るくらいがその場所には最も多く客を引く程度である。
 さらに、仕入の事について一言すれば、仕入の種類及び程度を鑑別することは最もむずかしい。仕入が寂しくては客を引き顧客を広むることは出来ず、またやたらに品が多くては廃物が出来る。呉服物ではその季に売り損えば、翌年はもはや流行後れとなって、廃物となる品が多い。菓子や果物類は一週間売れなければ廃物となる。廃物がどしどし出来ては商売は成り立たぬわけである。店を大きくする以上は、多少の廃物は免れまいが、それをなるべく少なくするには、常に流行の趨勢を察し、嗜好の移り変りを吟味して、絶えず客の嗜好性を導くように心得て仕入なくてはならぬ。この加減が飲み込まれるには多年の経験を積んで、よくその土地の事情に明るくなくては出来にくい。これが田舎出の人には最も難物である。

    七、店員の使用法を心得ず

 最後に小僧の使用法について一言すれば、商家のほとんどすべてが小僧店員の欠乏を感じて居るが、これは畢竟[#「畢竟」は底本では「畢境」]主人が小僧店員の虐待にほかならぬ。世間はすでに立憲政治の行われているに、家の中はなお封建制度を墨守しているものが多い。主人
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