居りますゆえ、これに対抗する個人商店も、かれにおくれないだけの研究、否、更に一歩進んだ研究をしなければなりません。
 飛行機とかけっこ[#「かけっこ」に傍点]してもかなわない。機関銃に対して昔からの火繩銃で戦争をしても勝目はない。向うが機関銃で来たら此方もそれ相応のもので向わなければ駄目です。これらの研究さえ出来て居れば負けることはない。大きい鷲が強いといっても、雀はいくらでも繁殖して居ます。大百貨店が何百あっても、小さいものは小さいものなりの発展を得ることが出来るのであります。
 我々個人商店はその専門の立場において自身の長所を発揮し、仕入の事においても、各は、各自の連絡共同の方法をとり、世界のありとあらゆる最も進んだものを取り入れる事を怠らず、また改良すべきことは改良して、お得意を満足させる様にすれば、個人商店が百貨店に対抗して、また必ずしもおくれをとるものではないと思います。
 今日まで百貨店からは年々歳々欧米に人を派遣して、それぞれの研究をしているにかかわらず、個人商店からは少しも研究に行かない。もっとも外国に行ったからとて必ずしも名案を得るという訳ではないが、広く知識を世界に求めることが必要であります。特に高等品や外国品を扱って居る店にあっては、自分が取引している以上のよい品が、他にあるや否やを調査する事の必要であることは申すまでもないと思います。

    自分は個人的商店の長所を発揮

 新しい方法で進んで行く百貨店は今後においても、なお幾分発達して行く事と私は考えております。しかし米国あたりではこれに対抗する方法として、信用ある個人商店が百軒くらい共同して百貨店同様な店をこしらえて居るということですが、これならばあるいは百貨店を向うにまわしても大丈夫かと思います。だが欧州においてはまだそういう店はないようでありました。
 私は米国を廻わって来なかったので、最も活気あるこれらの商業振りを実際に見なかったことを残念に思います。
 とにかく私は個人商店としての長所を発揮して、百貨店と対抗して行く事を理想として進んで行くつもりで居ります。
 しかし私は百貨店を目の敵にする次第ではなく、東京だけでも十万戸もある個人商店が、各々その長所によって繁栄を続け、百貨店と共に共存共栄の道を進んで往きたい希望であります。なお、この事に関して種々研究もありますが、あまり専門にわたりますゆえ、話題を転じ二三の所感を話しましょう。

    宮様でさえ貸間に御住居

 欧州から帰った人々の口から次のような言葉をお聞きになったことと思います。
 実に巴里の街は美しく、建築は立派だ。
 ベルリンの街は家並が揃って雅趣がある。
 日本の家は高いのがあったり低いのがあったりして見苦しい。
 そんなことを前々から聞いて居りました私は、自然とそれらの事にも注意して街々を見て廻わりました。なるほどベルリンの街は五階より低い家は造ることを許されない。またそれより高い家を造ることも許されないので全部が五階建でした。ロンドンはあまり面倒な制限がないので四階もあれば七八階もあり相当立派でした。パリは高さに制限はないが外観に重きをおいた規則があるので、外観は羨ましいような気がしました。が、さて、内部にはいって見るといずれの都会も大して羨ましい事もなく、むしろ私はこんなところに住む気にはなれなかった。
 もちろん外観は立派ですが、この堂々たる建築物も、下では商人が店を開いて居り、二階はホテル、三階は事務室、四五階には腰弁階級の人々が住って居るといった具合で、五十人百人の人々が住居し、一軒の家を一人で使っている人はほとんどない。巴里で日本の宮様が借りていらしたという家にも行って見ましたが、ただ一階だけを借りて居られたので、二階三階にはどんな人が住んで居るかわからない。
 宮様でさえかくの如き有様ですゆえ、たいがいのところは一軒の家に何十人何百人という人が住んで居ります。

    日本家屋の長所

 このように外から見ると立派な外国の建物も、種々な不快さがありまして、日本のように一軒の家は一人の所有で、他人の干渉を許さずと、云うような気持の善い所がありません。
 日本家屋は見てくれこそ悪いが、住み心地からいうと必ずしも西洋の方がいいとは言えません。外観だけ見て西洋を買いかぶることは、甚だ早計です。これは単に家屋のことばかりじゃないということは申し上げるまでもありません。

    立派な喫茶店――内幕は苦しい

 次に喫茶店、すなわちカフェーのこと。本場だけに彼方には立派な喫茶店が沢山ありました。ロンドンでは間口二十七間、奥行二十五間、五階建という大喫茶店がある。一度に二千人、三千人のお客がはいる、そして立派な音楽家が各階に三人、五人、多いところでは二十人も居て音楽
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