い、かえって小さな個人商店等が帳簿の不備のために、実際に欠損があった場合でも、総売上金の一割何分を所得として課税され、意外の重税を負担することになり、ますます百貨店の圧迫を蒙るようになります。
 彼方の百貨店の食堂では十銭十五銭等の安い食べものなどは売っていない。十銭くらいの食物を立派な百貨店で売っては、原料がただでも引合わない、そこで彼方では弁当なども最低一円くらいで、それ以下の安い食物は裏店見たような小さな家賃の安い店で売っているといった次第で、百貨店といえども値段を安くして個人商店を圧迫するような横暴は出来ないのであります。
 ゆえにただ一つところで何でも買えるという便利以外に他の店と競争する特点は百貨店として持っていない訳で、百貨店ひとり栄えることも出来ず、個人商店も圧迫されずに共に繁昌して行くことが出来るのであります。

    商品切手は紙幣類似

 なお、日本百貨店の有する強力な武器として特に偉大な勢力を持って居るのは商品切手であります。西洋ではクリスマスとか近親の誕生日とかだけにのみ贈り物をする習慣であって、日本の如く他人の家を訪問するごとに御進物を持っていくようなことはないのであります。
 私がロンドンの某百貨店支配人に会った時、ついうっかりして「商品切手の御発売高は」ときいたので、この人は不思議そうな顔をして、「商品券とは何ですか」とあべこべ[#「あべこべ」に傍点]に質問されました[#「質問されました」は底本では「質問されした」]。まよって日本では商品切手なるものが非常に流行していると説明したところ「商品切手? 紙幣じゃありませんか。そんなものを贈り物にしたら貰った人が怒るでしょう」と云われたのには赤面しました。
 西洋では紙幣と同様に見られて居る商品切手などを贈り物にすると、一種の賄賂と認められます。それで百貨店も発行せず、また法律も、紙幣類似としてその発行を許可していないのであります。
 私はかつて百貨店の発行する商品切手に対抗する一手段として、東京一流商店連合商品切手を発行する事を計画したところ、このことが早くも都下の新聞に書かれた結果、所轄警察署や警視庁あたりから急に刑事が来られ「そんな商品切手は内務省で許可しない故計画を中止しろ」と、まだ願書も出さず、一流商店の顔合せもしないうちに圧迫を受けて、ついに計画を中止するの止むなきに至ったのであります。
 しかし今日の如く百貨店の商品切手が現金同様に取り扱われ、また、その他の商店へ持って行っても通用することは完全なる紙幣類似ではないでしょうか。
 個人商店としても、一流百貨店の商品券を五分ぐらいで買ってくれる切手交換所などあるのですから、五分くらいの損をしてもなお幾分儲かることなら御得意を百貨店に奪われるよりはと考えて、現金同様に取扱う事になるのも当然の結果です。
 連合商品券は紙幣類似で、各商店あるいは各百貨店が発行している商品券は紙幣類似でないと云う理屈はいちおうもっともの様でありますが、決して当を得たものでないと私は考えます。
 サッパリと商品券全部を紙幣類似として禁止した方が片手落ちがなくていいものと私は思うのであります。

    世界に雄飛する米人経営の商店

 ロンドンにおける日本の商務官松山氏を訪ねて、百貨店対個人店のことを訊きましたところ、「ロンドンの百貨店は個人商店を圧迫するほど力を持っていないが、米国からの支店である百貨店は非常に勢力を持って居ます。しかうして[#「しかうして」はママ]米国の百貨店は英国の百貨店全部を買収する勢いを、着々実行して居るのでさすがの英国商人も狼狽の気味であり、政治家の間にも何とかして米国資本の大百貨店を抑えなければならないと云う意見さえ起って居ます」とのことで、その他委しい話を聞きましたが、とにかく米国人の活発さを目のあたりに見て、少々羨ましくもありました。
 日本から欧州に来るまでの四十日間、常に英国人の勢力に圧せられし地を見た私には、その英国人を圧迫する、米人の雄飛に対して痛快を感じた次第であります。
 大資本を有する三越の如きも、いたずらに小さな内地において「我が三越は世界いずれかの百貨店に劣らない」などと空威張りせずに、眼を海外に転じて、ロンドンであるとか、パリであるとかいう、世界の市場に乗り出して貰いたいと思います。そうなれば特に海外視察に人を派遣する必要もなく、輸入品[#「輸入品」は底本では「輸人品」]なども必ず安く仕入れることが出来て、東京の本居もますます繁昌するようになる。これがすなわち米国商人のやり方であります。三越なら必ず相当の事績をあげ得ると私は信じます。

    個人商店に望む

 今日の百貨店は文明の利器を極度に利用し、最も進んだ方法を採り、商品の仕入の如きも世界的に広く求めて
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