引をして、彼らにシテやられないという研究をしなければ、日本の将来も、印度のようになりはしないかと、旅行中しみじみ考えさせられました。
ちょうど、私が乗りました船に海軍の大佐中佐級の方々が十人ほど乗って居られましたが、この方々とも非常に懇意になっていろいろ話をした際に、「日本の陸海軍は世界のいずれの国にもひけをとるところはないが、何分日本は貧乏であるゆえ、飛行機を沢山作りたくも、また軍艦の優秀なのを造りたくも出来ない。相馬さん、あなたは商人だから軍艦の二三艘も寄付しなさい」と冗談に云われましたが、私は単に冗談とのみ考えることが出来ず、そういう軍人の方々に対して商人として顔向けが出来ないような気がしたのでありました。自分も旅行より帰ったら自らも奮発し、また他の方々にもおすすめして、今までに奪われて居る商権は取り止めて、印度の轍を踏まないように心掛けねばならないと考え、今度の旅行にその方面の研究も加える事にして、幾分気を付けてまいったのであります。
百貨店の研究
英国、ドイツ、フランス等においてほとんどありとあらゆる百貨店を見て廻りましたが、東京の三越ほど賑かに繁昌している百貨店は一つも見受けませんでした。これは三越の重役の方が常々「世界中我が三越ほど繁昌して居る百貨店はない、決して他国の追従を許さん」と云って居られた事が、決して嘘言でないことを知りました。
彼方の百貨店は一階二階は賑わっているが、三階以上はガランとして居る。それに比較すると、三越にしろ、松屋にしろ、上の方までずいぶん賑わっているので、なるほど三越の重役の云う通りであると思い、それから仔細に研究してみて、ようやく日本で百貨店が繁昌する原因と、彼方で一流商店が堂々と百貨店に対抗して繁昌して居る原因とを、知る事が出来たのであります。
パリ、ロンドン、ベルリン等における一流商店はかなり有力でありますので、最も優秀な品を求むるには、ぜひとも一流商店に赴かねばならない。すなわち百貨店では間に合わないのであります。然らば百貨店にはどういう人々が来るかというと、主に婦人の方が流行品を買いに来る。また百貨店はお客の多数を目的として居りますので、従って中流あるいは中流以下を相手の経営方針を採り、商品は概して安物が多いのであります。
それゆえ、個人商店にこれと対抗し得る強いところがあって、百貨店を向うに廻わして角力がとれると云うことになります。しかるに日本においては残念ながら百貨店のみ強く、個人商店はだいぶ見劣りがします。角力に喩えて見ると東方に横綱、大関が幾人も居て、西方は幕下ばかり居るかたむきがありてんで[#「てんで」に傍点]角力にならない。
西洋では百貨店に梅ヶ谷もあれば、一流商店に常陸山あって堂々と角力を取って居るような趣きがあります。
百貨店に対抗する戦術
日本では百貨店が急に勢力を得たもので、一般商店は少々立後れの気味があるのに引換え、西洋では多年百貨店を見ながらやって来て居るので、百貨店に対抗する戦術を心得て居ます。日本では一流の大商店、すなわち※[#「にんべん」、第4水準2−1−21]《にんべん》も鰹節を百貨店に納めて居る。また菓子店として有名な藤村や栄太楼も自店の品を納めている。そこで一般のお客は特に藤村や栄太楼に行かなくても、百貨店で用が足りる事になる。従って自店の御得意をわざわざ百貨店に進上した形になって居ります。
それに引きかえて、英、仏等の一二流店では、決して自店の品を百貨店に納めるような愚をしない。これは自衛まことに当然なことであります。また世間一般もこれ等の事情を知って居りますので、もし百貨店に商品を納める店を見ると「あの店も売れなくなったと見えて、百貨店で売ってもらうようになった」と、解釈するので、たちまち信用を失ってしまいます。
大建築物の家屋は市の財源
なお、彼の地の百貨店が横暴ぶりを発揮し得ない一原因として、家屋税の一項を加えることが出来ます。英国では家屋税が非常に高い。すべて家賃の三割という高い家屋税を徴収して、市の財源に当てて居りますゆえ、百貨店の如き大建築物になると家賃の評価が非常に高く、その高い評価の三割の税を課せられるので、百貨店の如きは何千万円もの商いをするにかかわらず、あまり安売りをすることが出来ない。ここが日本と異るところで、日本の家屋税は百貨店に甚だ有利であります。沢山売れる百貨店においては、一個の商品の負担する家賃は甚だやすいのであります。
大商店に重く小売店に軽い課税
次に所得税においても彼方では大商店に重くして、小商店には非常に軽い合理的な社会政策が実行されて居るので、小商店等は対抗上非常に有利の立場にありますが、我が国では反対で百貨店は実際上軽い所得税を払
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