、二十二になって、あなたの店ではあなたより役に立つだろうと言えば、ええ外なんかいっさいそれにやらせていますと言う、それならあなたの店の半分も背負っているのも同じじゃないか、それに休みは一つもやらず、月給十円はあまり安すぎる。あなたの店は損をしていますまい、と言えば、
「ええ、十年間、五千円の貯金が出来ました」「それでは相当の店じゃないか。もっと待遇をよくしなければいかん。あなたの親切が足りないからということになる。ことにあなたはインテリだから、その小学校きりしか出ていない小僧さんに対して、本当の同情を持っていない。教育のないおかみさんなら、あなたよりもっと温かいと思う。おっかさんに仕えているという気持は、その小僧にはないと思う。それは、あなたが主人として一つもその小僧さんに対して真の同情を持ってないからだ」。
 と、まずいろいろと説いて聴かせたが、その人は少し不足に思って帰っていった。
 すると、それから三日ほどたって来て言うには、
「私は三晩ねむれませんでした。よく考えてみると、自分の都合だけで使って、なるほど、親切も足りなかったと思います。自分の悪いということが分りました。分りましたが、しかし、どうすればいいかということは解りません。どうかそれを聴かして下さい」
 と言うから、
「私もそういうふうにあなたが解れば話も出来る。この間話そうかと思ったが、あなた自身に悪いことが解らんうちには話しても無駄だと思ったから、話さなかった。どうです。あなたのようにインテリな方と、何も教育もないおかみさんとは、小僧にとってどちらがいいと思う」
 と言った。すると、
「教育のない隣のおかみさんを見ると、一人の小僧を、まるで自分の子か弟のように可愛がっているのに、私は主人でずっと上にいて、小僧をいつも下に見ていました。隣の小僧より家の小僧が不幸でした」
 と言う。
「また、あなたは、雨の降る日お客が来ないからというので、私の所へ話しに来られたが、その雨の降るひまな時に、なぜ小僧に休暇を与えないか、それがいけない。雨が降るからひとつ今日は活動でも見てこいよ、と小遣いの一円もやれば、どんなによかったかしれないじゃないか」
「その活動も芝居も見てはいけない、と私は言いました。」
「それじゃ、うちでは誰も親切にはしてくれないし、外では活動も見られないということになると、小僧は小遣いをごまかして、へたな女でも引張るということになるのは当り前ですよ。」
 十五時間も十六時間も小僧に仕事をさせるのは無理で、朝の仕事が一通り片付いたら、余り早く朝廻ると、お得意で迷惑するから、一時間、手紙を書くなり、本を読むなり、勝手にしろと言えば、どんなに小僧は喜ぶかしれない。午後も御用を訊いて来たら、一時間休ませれば、小僧の働きぶりが違ってくる。また雨が降れば休ませる。今日は雨が降ったお蔭で一日暇が貰えたということになれば本当に満足する。給金も二十二になれば相当役に立つから、十円では少ないと思う。」
 すると、
「あなたの所はいくらやる」
 と聞くから、二十二には四十四五円くれていると言ったら、へえーと驚いていた。
 食べ物はどうかと言うと、悪いと言う。
「食べ物が悪くて月給が四分の一じゃひどい。私の所は、働く時間は十時間で、月三回休みがあり、お客様が黒山のようになっていても、自分の時間になればドンドン帰ってしまう。帰って野球する者もあれば、ハイキングする者もある、将棋をする者もあるし、それは自分の勝手である。だから、あなたの方で言うことを聴かんというのは、あなたの方が悪いのだ」
 と話してやった。
 そしてどのくらいの売上げがあるかと聞いてみると、月によって違うが、二百五十円から千円はあると言う。
「すると、私の所で四十円やっても、あなたの所で四十円はやれないだろうから、月給十円の外に歩合をやれ、初めだから百分の一くれたらいいだろう。
 すると、閑な月には二円五十銭、忙しい月には十円の歩合がはいることになる。そうすれば、働く小僧も張合いがあるということになる。そして、毎日少しでも休みの時間を与え、雨天の日は公休日とし、小遣いも三四円にして、あとは貯金させるとか、芝居や活動も、なるたけ性質のいいのを教えて見せてやるということにしたらいいじゃないか」
 こう、私は言ってやった。
「じゃ、これからそうします」
 と言って、帰って行きましたが、ひと月ほどすると手紙が来て、教えられた通りにやったら、とても朗かになって、返事ぶりはいいし、お使いから早く帰るようになったといって来た。簡単な事でもいまだ行届かないところ、気付かないことはあるものである。

    将来への希望

 私の店でしている事は――今ではまだなっていないが、私は自分の店の商売経営が、出来ることなら、模範的に、むし
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