店員を育てて、それに気持よく働いてもらうということを考えている。もうそれで、商売は八分通り出来たものと思ってもよい。人間の悪いものを側から鞭打つ遣り方もありましょうが、それは、三人や五人のうちは出来るが、何百人となると駄目である。そういう遣り方の時は、主人が病気をしたり、留守をしたりする時は、まるで敵を飼っているようなもので、隙を見ては悪いことが起る。で、私は心持よく働いてもらうように絶えず心掛けている。
この間も、群馬県の製糸所の所長さんが見えて、いろいろ話をしたが、その人の前任者までは、朝の七時から晩の五時まで十二時間作業であって、しかも時計の針を二十分、三十分おくらして、それだけ余計の仕事をさせた。今どき、第一、時計ぐらいは誰だって持って居る、朝はキッチリ合ったのに、夕方になると、自分の時計ばかり二十分進んだというような馬鹿なことをした。結局、一種の詐欺である。
ところが、その人が社長になってからは断然そんなことはやめさして時間通りにした、その代り、あと僅かで仕事が片付くというような時には、十分でも二十分でも了解を得て奮発してもらったら、かえって成績があがるようになったと喜んでいた。畢竟《ひっきょう》するに、働く者の立場を考えてやらねばならんと思う。
もうよほど昔の話であるが、ある大臣の隣家のおやじから聞いた話に、大臣の家は女中が六人いるが、始終いれ替り立替りして、いっこう長続きしない。なぜだろうと調べてみたところ、結局こういう訳だという。
大臣の家だから、来客が毎晩のように、夜の十二時、あるいは十二時すぎまでもある。ところが、その女中は六人が六人ながら、お客の最後まで付いていなければならんので、勤まらんと言う。朝は相当早く起きねばならんし、お給金が少々ぐらいよくったって、身体が続きません、と、まあこうゆう訳である。
で、私は、そんな馬鹿なことはないじゃないかと言った。私らあたりでも女中は三人いるが、一人当番をきめて、二人は早く寝せて、お客があった時は当番にさせる。それも十時以後には早く寝さして、家の主婦が面倒を見ることにした。すると、女中は替らなくてもすむ。六人あれば、二人ずつ当番を換えたらいいじゃないか。二人で結構まに合うのに、お竹、お茶を持って来いだの、お梅、お菓子持って来いだの、お松、肴を持って来いだの、というからみな寝るわけにはゆかない、当番を呼べば、二人で結構まに合うものである。
これは、結局、女中は十二時まで起きているべきものだと、女中を奴隷視しているからである。
私の話が主婦の友の六月号に八頁ばかり出ていましたが、それを見た、柏木の茣蓙《ござ》など売っている店の主婦が私に会いたいというので会ってみた。
すると、婦人の言うのには、私の所では私と小僧と二人で商売をしていまして、主人は学校の校長をして、商売のことはいっさい関係していません。小僧は高等小学卒業したのを直ぐ連れて来て、いま二十二になるのですが、時々私が油断をすると、売上げをごまかすこともあるし、また使いにやると、三十分の所を二時間も二時間半もかかるし、私が店にいてお客さんが来ると、おかみさんが出たらいいだろうというような顔をしてぐずぐずしている。まことに困ったものです。あれを良くするには、どういうふうにしたらよろしいでしょう。ひとつ意見を聴かして頂きたいといって来た。
そこで私は、その小僧は何時から何時まで働くかと訊いてみた。すると、朝早く起きて、晩は十一時ぐらいまでは働かせると言う。休みはありますかと訊くと、主人一人、小僧一人で休みはやれないと言う。月給はどのくらいやりますかと訊くと、昨今、だいぶ役に立つようになったから、月に十円やっていると、こういう話である。
待遇を考えよ
それは、私から見ると、小僧はちっとも悪くない。あなたが悪い。こういったところそんな筈はない。私は悪いことはいっさいしないし、小僧をいじめたこともないし、出来るだけ親切にもしているつもりであるとの答えである。
しかし、実際においては、一つも親切にしてないじゃないか。第一、休みを一つも与えないで、毎日十五六時間も働かせれば、どんないい子でも機嫌よく「はいはい」といえるものではない。それで、用足しに行った時が僅かに息をする時だから、三十分のところに二時間かかるのは当り前である。
これは一人あなたの所だけでなく、他の店の小僧だってそうだ。野球でもある所に行くと、自転車が五十台も百台も並んでいる。試合を二勝負ぐらい見て帰って、なぜおそくなったと問われると、自転車が衝突しましたとか、あるいは集金に行ったところが、人が留守で待っていましたとか、いい加減な口実をもうけて結局みている。これは休みをしないから、そうするよりほか仕様がない。
また月給もそうだ
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