学校卒業の少年が毎年二十二三人ずつ入居するが、三月末に入ってそれから徴兵までの約六年間を少年級とし、衣類医療等いっさいを主人持として、小遣いは初め月に五六円で、漸次増して、三十円くらいになる。そしてこの六年間は、約三分の一を本人に渡し、他の三分の二を主人が代って貯蓄銀行に預けておく。
二十二歳から二十七歳までを青年級として、俸給は三十五六円から七十円に達する。この時代は衣類などは自弁するので、約半額を本人に渡し、残り半分は主人が預って貯金しておく。この二級とも全部寄宿舎に収容し、賄はいうまでもなく店持ちである。
二十八歳以後は、妻帯を許して、これには家持手当、夕食料、子持手当、本人手当などを給し、俸給は月々全部支払って、主人はもう一銭も預からない。家持店員の俸給は七十円ないし百五六十円、しかしこの収入では観劇、角力見物、また一流の料理店へ行って味覚を向上させるなどということは難しいのであるから、主人のゆくところは彼らも行かせ、せいぜい多方面の見学、また食学をもさせるように努めている。
なお遠く旅行して見聞をひろめ、また大いに旅の興味を感得せしめる必要もあって、西は京大阪、東は仙台松島くらいまでは、多数がすでに見物済みとなっているが、これより遠くの旅行はちょっとむずかしいので、毎年春秋二回、古参者から始めて順々に、同行二人を一組とし、十日の休暇と旅費を給して、九州あるいは北海道と、出来るだけ遠くまで足をのばさせるようにしている。大会社などで時に見学を兼ねて欧米遊覧を許しているが、私のところではまだそこまでに至らない。
そこで私の店の給与はこれらすべてを合わせて、およそ売上げのどのくらいに当っているかというと、およそ百分の六、これでは米国百貨店の百分の一六・○独逸百貨店の一三・五に比べて二分の一にも足らず、本人に対してはもちろん欧米人に対し、恥しいことであると思っている。しかし世間を見ると一般商店はさらに低いようで、東京市の調査によると、一般個人店百分の四・三、一般百貨店百分の四・四という。もっともこの数字は雑費の一部を見落しているかと思われ、このまま比較しては当らぬようであるが、ようやく米国の三分の一くらいのように見受けられる。私は多くの店主諸君と共になお一段の奮発を致さなくてはなるまいと思うている。
店員の悪癖は主人の不徳
私は店員の採用には充分慎重な態度をもって臨み、第一条件として家庭の質実純良なものから採るようにしている。そして高等小学卒業という全く清新な時に、その父母の手から直接に彼らを受取り、社会の悪感化より免れしめるように心掛けているのであるが、無論ごく稀にではあるが、少年店員の中に盗癖という悪癖を持っているものあるを見出すことがある。何という嘆かわしいことであるか、私はその都度その少年が盗みをするに到った原因を、出来るだけ彼の過去に遡り、また周囲の事情に照らして、即断を避けて慎重に調査して見るのであるが、たいていやはりその生れた家庭の欠陥に基くものであることが発見される。
しかも驚いたことには、その家庭というものが、人に真理を説き、善義を教える宗教家や教育者であったりして、どうしてこういう家からそんな不心得な者が出るのかと、実に意外に感じるのであるが、これはどうもそれらの父兄の表向き説くところと日常の行いが相反するのを幼児から見せつけられるのと、一つにはそういう家庭が社会から酬われるところあまりに薄く、経済的に窮乏しているためではないであろうか。
とにかく店員の悪癖は、主人にとりまた店にとって甚だ迷惑なことである。しかしその者自身としてはそれ以上はるかに重大な問題であり、何をもっても救うことの出来ぬ大きな悩みである。そしていったん発見されたとなっては一生の浮沈にもかかわるのであるから、その場合主人として実に責任の重大さを痛感させられる。
店としてはその店員を退店させれば、一時的の損害ですむことではあるが、前途有望な男一人を活かすか殺すかの鍵を握らされている主人は、これを簡単に処置することなどとうてい出来ない。やはりこれは自分の子供が同じ罪を犯したのと同様に考えて、あくまでも懇切に訓戒し、更生を誓わせるように努力せねばならない。しかしそうして見てもまた彼が同じことをする場合、あるいは病い膏盲《こうもう》[#「膏盲」はママ]に入っていて反省の見込なしと見られた場合は、もはや致し方なく、断固として退店を命ずべきである。そしてこの強硬手段が、あるいは彼を更生せしむるやも知れないのである。
しかし店主も大いに反省する必要があるし商売というものが、彼等正直にして純情な少年の眼にひどく易々と金の儲かるものに見えはしなかったか、ごまかしに見えはしなかったか。もしも店主が整理を急ぐ等のために不良な品を客
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