寄宿舎に入ることになっている。青年組はほとんど自治制に近いもので、生活ものんきなのに、どうしても、三松氏を離れて青年組に移ろうとしない。三松氏を慕う少年諸君のためにやむなく少年組寄宿舎増築問題が起った。
店員一同を相撲見物にやったところが、寄宿舎で早速、相撲流行となった。「相撲をとるので、だいぶ襖が破れてしまいましたが、別段小言は申しませんでした」と、三松氏が言ったから、「相撲で襖を破るくらいならいいが、喧嘩はあるまいね」と訊くと、「喧嘩は一度もありません」と答えてくれた。
店員の使い方じゃない、私はこうして店員に対し、主人としての責任を感じ、皆がよく働いてくれるのを喜んでいる。規則は無用だ。
店員を如何に導くべきか
昔の店員は、年期が明けてから礼奉公を三四年して、ちょうど二十七、八歳にもなるとのれん[#「のれん」に傍点]を分けて貰って店を持ち、独立するのが慣例であった。つまり昔は、日本橋辺の大店に奉公した者が新宿とか品川、あるいは千住のような場末に支店を出したりして、それが本店の商売に別段影響せず、かえって本店の宣伝となって双方ともよろしかった。
ところが今日のようになると、電話の注文はもちろんのこと、電車自動車で直ちに配達出来るのだから、本店の勢力範囲が郊外にまで拡張されて、支店というものの必要もなければ、出る余地もない。強いて出して見てもとうてい本店の信用に圧されてまず発展の見込みはあるまい。
そればかりでなく、昔のように僅かの資本で店を持つことが難かしく、ことに最近では百貨店や公設市場の進出のために、多年売込んだ老舗でさえもついに閉店の憂目を見るという有様で、新たに店を持つのには余程の困難を覚悟せねばならない。
こういう時代に、多数の店員を養っている店主として、店員達の将来についてどういう用意をしてやり、どんなふうに指導して行ったらよいものであろうか。ところが店主の中にはそういう時勢の変化を知らず、待遇の如きも何らあらためるところなく、旧態そのままで店員が相当の年齢に達してのれん[#「のれん」に傍点]分けを請求され、はじめて狼狽するというのが少なくはない。
また店員側でもぼんやりと主人に頼っていて、いまだに古い習慣通り、十二、三年も奉公すれば、一つの店の主にして貰えるものと信じて辛抱しているようなのがある。特に当人よりもその父兄にはことにこの希望が多いようである。
これは店主が早く目覚めて、店員やその父兄に対しては、のれん[#「のれん」に傍点]分けの望みの少ないことを知らせ、時勢に適応する良法を考え、店員の将来をあやまらぬようにせねばならない。これが解決策として私は次の三点をあげる。
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一、のれん[#「のれん」に傍点]分けの望み少なき今日、店員の俸給は出来るだけ多くして、他の社会の標準に劣らぬようにすること。
二、長くその店に働くことを希望する者に対しては、出来るだけの便宜を与えること。
三、店を商売道研究の道場と心がけ、店員の心身を鍛錬するとともに、時勢の進歩に遅れぬよう指導し、退店後立派な商人として独立し得るだけの資格を習得させること。
[#ここで字下げ終わり]
すなわち、いまは昔のようにのれん[#「のれん」に傍点]分けの希望こそ少なくなったが、人口増加の度を見ても、徳川三百年間に僅かに三割程度であったものが、維新後の七十年間には実に二倍半の増加を見ている。
そうして時勢とともに万時万端複雑になって、新人活躍の舞台は驚くべき多方面に開けて来ている。従って今日は昔のように型通りの習い覚えでは役に立たず、種々の境遇に応じてこれに順応し得られるよう、心身を錬り、叡智を磨いておかねばならぬのである。
そしてこの準備と訓練さえあれば今日はかえって昔よりも、新人の活躍に便利であると考えられる。そこで相当の年齢に達したならば独立し得られるよう、商売道の原則と社会に対する一般知識並びに経験を得るように指導して行きたいと考えている。
店員の小遣いと待遇
店員に小遣いを一切渡さず、給金の全部を主人が預って、必要に応じて支出するのが、昔からの商店の慣わしである。今日でもいわゆる近江商人の老舗や古い呉服店などにはこの昔ながらのやり方を守っているものがある。で、これをかりに旧式とすると、俸給を毎月全部当人に支払う、すなわち百貨店その他新しい所で行われている方法、これが新式ということになる、次にこの二つの中を取って、一部を主人が預って保管し、他の一部を本人に渡す、この方法は折衷式ともいうべきであろうか。しかしどれにも一長一短はあって、いずれを可とし、いずれを不可とすることは出来ない。
そこで私の店はどうしているかというと、この折衷式を採っている、高等小
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