潤沢な資本と近代的営業法を誇る百貨店が、最新式の機関銃を持つとすれば、一般小売商人はこれに旧式の火繩銃で戦っているのである。対等の競争は到底覚束ないものと言わねばならぬ。百貨店対小売商人の如き例は至るところに見出される。
 然るに今日では遺憾ながら、足の弱い駄馬が重荷に喘ぎつつ足の強い空荷の駿馬と競争しつつある現象が数多く見られる。世の不景気を知らぬ顔に収益を挙げつつある百貨店に比して、四苦八苦の個人店が約四倍の税金を負担しているのである。かかる社会的不公平はぜひ改めねばならぬ。為政者はもちろん、一般国民もかかる大多数を占むる中小階級に自由なる活動の余地を与えるために力を用いねばならぬ。

    小売商人の反省すべき点

 以上述べたことは、主として社会上、政治上のことである。しかし一般小売商人がただ税金を減じてさえ貰えば息を吹き返せるというのではもちろんない。強力な百貨店に対抗するためには、個人的の努力がどうしても必要である。時代の進展に応じて、それぞれの立場から経営法を研究して改良すべき点は改良せねばならぬ。今日小売商の没落は単に社会的不公正があるがためばかりではない。むしろ何らの研究もせず、何ら改善の途も講ぜず、ただ父祖伝来の旧い方法で経営していたことが、おいてきぼりを食った大きな原因である。
 小さい力弱いものが、大きい力強いものに伍して生きんがために如何にせばよいか。我々はこのことをよく考えて見ねばならぬが、私はこの解答を最もよく自然が与えていると思う。自然には獰猛な獅子、虎の如き猛獣がいるのに、弱い兎鼠の類も生存している。鷹鳶、などの猛禽類がいるのに、小さな鳩雀の類が生存している。そしてかえって弱い兎鼠鳩雀の類がどんどん繁殖して強い獅子、鷹の類がそう殖えぬのはどういうわけであろう。
 その理由は簡単である。猛獣猛禽の類は強いには強いが、生きるためには莫大な生活資料が要る。いわば生活費がかさむのである。これに反して小禽小獣の類は生活が簡単で、ごく僅かの生活資料で生活し、繁殖して行く、私はこの理を一般小売商人が応用せねばならぬと思う。年五千万円の売上げの大百貨店に対して、年五千円の売上の小売商人も、充分立って行く道はあるのである。百貨店の売上げは莫大であるが、経営費に多額の費用がかかる。およそ売上げの二割四五分は要るだろう。もし小売商人がそれを一割五分で済ますことが出来るならば、一割は安く商品が売れ、従って顧客を吸収出来るようになる。
 然るに今まで一般小売商人の多くは、この理を忘れて、何ら経営上の研究をせず、改良も施さず、安く売ることを怠って来た。さらでだに種々この点でハンディキャップを持つ個人店が三割四割の利を見込んで売ったならば、窮境に陥るのも当然と言わねばならぬ。

    小売店には小売店のゆき方がある

 都会地での魚屋が盤台を担いでお得意廻りをすることは、昔から一つの商売方法である。暢気な昔ならばこれもよかろうが、今日公設市場や百貨店の様な近代的経営方法が行われている時に、こんなやり方では時代錯誤も甚だしいことと思う。お得意を廻って、三軒に一つ、五軒に一つの御用を頂戴するだけでは、一日せいぜい三十軒、五六円の商売にしかならない。これに一日の労賃は二円くらいにつくことになるから、どうしても二三割高く売らねばならぬ。労力を節して居ながら安く売って、それに品物も豊富な百貨店や公設市場に顧客を奪われるのも当然ではあるまいか。
 料理屋についても同じことが言える。料理屋はいつも忙しい商売ではない。年末か年始のお祝い事か忘年会、結婚の披露などを当てこんでいるので、そのために立派な家を建てて庭にも調度にも金をかけねばならず、雇人も常から余計に雇うことになる。忙しい年末年始に一時に儲けようとするから甚だ高い。単に料理だけ安く提供して四季共に忙しい現代的のレストランやクラブに、とうてい対抗出来るものではない。
 都会地の牛乳屋なども、不合理な経営法の典型だろう。糀町の牛乳屋が車をガラガラ引ぱって浅草あたりまで行って牛乳を配達する。配達に使う労賃を考えると、牛乳一合七、八銭はやむを得ないかも知れぬが、如何にも不合理なやり方である。イギリス[#「イギリス」は底本では「イぎリス」]、ドイツあたりでは、牛乳一合は三銭である。どうして安いかと言うに顧客に、店で売るか、配達をしても店の付近の区内しか配達せぬからである。この点も従来の小売商人の充分考えねばならぬことであろう。
 商いの繁閑を充分研究して、労力の配分を誤まらぬことも極めて大切なことである。私の経営する新宿の中村屋で初めパンのみを売っていた。ところがパンは夏はよく売れるが、冬になるとその半分しか売れぬ。商売が閑になる。そこで冬忙しい餅菓子を始めた。次に西洋菓子を始め、喫茶
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