れればよいという方針で、正札を付けて居るから、お前の所のパンを大宮まで届けてくれとか、築地まで届けてくれとかいう御注文に対しては別に配達料を申し受けて居る。今の百貨店は、高崎や前橋にまで配達する。無論損である。損をしていながら高崎や前橋の同じ品物を売っている店に迷惑をかけている。実に不合理なことである。それで本当に合理的に商売をするには、無料配達ということは結局出来ない事になる。
中元歳暮廃止
次に私の所では、中元歳暮の配り物を廃して居る。これはどうも商人がそういう事をするのは間違っていやしないかと思われるかも知れない。現にうちの店員などが他所へ行くと、お前の所では年の暮に何も持って来ないじゃないか、他の店じゃたいがい何か持って来るぞと言われることがあるが、私の所では得意からえらい恩恵を受けたとは考えない。お得意様にはどこよりも安く勉強しているという自信がある。また実際そうですから、従って利益も少ないから、あまり必要でない御歳暮や中元は贈らないことにする。それにはまた配る費用というものが相当かかる。もしこういうことをやろうとすると、自然それだけ利益を戴かなければならぬから、日頃の勉強が出来ないことになる。もっとも問屋の小僧さんなどにはやっている。これは何故かというと、東京の商売は御承知の通り、自分の店でいろいろ整えておいても、場合によるとにわかに品物が切れることがある。そういう時に問屋に電話をかけて、どうか頼むというと、問屋の小僧さんが自転車か自動車で直ぐ持って来てくれる。それが一年の内には何十遍何百遍かになってどんなに苦労をかけているか知れない。それで私の所では、出入りの問屋、材料を納める家の小僧番頭には、まあ一円ないし五円くらいの歳暮中元を贈って居るが、お得意様の方にはついぞ葉書一枚も持って行ったことがない。甚だ不愛想のようだけれども、それだけ実際商品の方に勉強しているので年々お客様がふえて行く。いくらそういう物を持って行っても、品物が不勉強だとどんどんお客様をほかに取られてしまう。百貨店などでも、停車場へ降りるお客様を自動車に迎えて、どうぞうちの店に来て下さいと、サービス専ら努めている。そこで白木屋とか三越とかの近所へ行く人までがさっさ[#「さっさ」に傍点][#「さっさ」は底本では「さつさ」]と乗る。まことにそういう人には便利に出来ている。けれども費用がなかなかかかる。自動車一台でまず一万円以上するだろうし、修繕費は要る。運転手の費用とか、その他いろいろの費用を見るとなかなか要る。これもサービスで結構だというけれども、東京中の人を乗せるのなら、これが本当のサービスだけれども、自分の店の近辺を通る人を乗せるだけでは、真のサービスとも思われない。だからこういうことも私の店ではやらない。一方に経費をうん[#「うん」に傍点]と省かなければ勉強は出来ない。無駄な経費を飽くまで省くということがつまり勝利を得る所以だと、私は常に考えて居る。
御用聞き廃止
次に御用聞きということも私はしない。これは酒屋さん、あるいは八百屋さんなどは、まだ日本ではちょっと止められぬかも知れないと思うが、これも原理として御用聞きというものはすべきものではない。これをして居ったのでは結局負けると思う。今日小さい商店が一番悩んでいるのは百貨店と公設市場の問題である。公設市場はものが安い。御用聞きに来る肴屋、八百屋などに較べると安いといって、みな公設市場に買いに行く。これは安く売れるわけである。何故かというと御用ききに来る方の商売人にして見れば、あの重い荷を担いで狭い裏通りに入って来て、「今日は」と廻る。奥さんの手がふさがって居って、何んだかんだとしばらく待たされ、いや今日は魚は止めだと言われる。またお願い申しますと言って帰る。そんな具合で三日に一度ぐらいしか用がないのに、重い荷をエッサエッサと担いで毎日廻らなければならぬ。そうして勘定になると月末の勘定である。しかもややもするとその月末の勘定が貰えないで、二月も三月ものびる御得意もあれば、何百軒の中には、一軒や二軒は月末になるとどこかへ行方不明になってしまうものもある。こういう不利益、いろいろな手数をかけているから、どうしても公設市場の物より高くなるのは当然である。公設市場が安いというのは配達料を見ず、貸倒れを見ず、集金の費用も見ずですから市場ではものが安く売れるわけである。今の日本の家庭のように、奥さんやお嬢さん達が面倒くさがって奥に引っ込んで居って、御用ききが来ても、女中伝えで物を注文するというような不合理なことをしている家庭が多いうちは、まだ御用きき制度というものは役に立つけれども、とにかくこういうことをしていると、自然高く売らなければならぬ。公設市場が安いのは無駄な費用が省け
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