出て来て商売をしようという時、誰でも一度はきっとその故郷の物産を取り寄せて店におくことを考える。御多分に洩れず私も中村屋のはじめ、信州の杏の甘露煮缶詰をたくさんに仕入れ、これを店において大々的に売り捌こうとした。そしておきまり通り失敗した。東京には日本全国はもとより外国からも輸入されて、じつに多種類の食品が入り込み、それを自在に選択して用いている東京人であるから、その嗜好はじつに複雑で、いかに一地方で自慢の品だといっても、決してそれだけで満足はしないのである。
 地方ではそれが解らぬから、青森からは東京に林檎を出して失敗し、山形の「乃し梅」越後の「越の雪」岡山の「きびだんご」等々、地方の名物で、東京に販売所を出して失敗しないものはないと言ってよいくらい、どんなに地方で物産奨励と意気込んではるばる品物を輸送し、販売所を東京に設けて見ても東京の家賃は高い、一地方の名産の一、二種ぐらいを販売して立ち行くものではないのである。客の立場から見ても、青森の林檎がどれほど好ましかろうと、それ一種の籠詰ではちょっと進物になりかねる。信州の杏の缶詰もその通り、そこに気がつかなかったのは、私がやはり田舎者
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