であったのである。
 私はまた、信州の山林にたくさん野生する山葡萄からジャムを造って売り出してはどうかと思い、缶詰業界の大先覚豊田吉三郎翁を訪問して教示を乞うた。翁はこれに答えて明快なる断定を下された。
『山葡萄はジャムとしては相当味わえるが、商品としては見込がない、あの通り山林に野生するものでごく低廉に手に入るところから、誰でも一度は考えて見るのだが、さてこれを商品として売り出すようになりますと、原料は年一年と払底して次第に山の奥深く入って採集せねばならなくなり、原料代は高くなって採集量はかえって少なくなるというのが順序です。で、せっかく販路が拡張されて相当の売行きを見る頃は、製品は逆に格高となり、終には中止せねばならない。そこへ行くと栽培果実を原料としての製品は、最初は天然物に比してはるかに格高であるが、販路拡張して多量に需要されることになれば、栽培技術は進歩し、製造機関は完成し、年一年と原価の引下げを見ることになって、商品としての価値はますます向上して行くものです。それゆえ山葡萄のような自然生のものは、自家用の原料としては適当ですが、商品としてはほとんど価値を認められません』
 
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