かし小林一三さんの阪急百貨店は、一銭のコンミッションも要りません。年末にごく軽少なものを仕入部主任に持参しましてたいへん叱られたことがあります。それで私の方もここだけには正味ですから確かな品を納めることが出来まして、とても愉快に感じて居ります』
 私はこの話を聞いて、阪急百貨店の将来を大いに頼母《たのも》しく思い、仕入部その他多数の使用人に対して、断然袖の下を謝絶させるだけの力のある小林さんは、当代ちょっと他に類なき人物であると考え、それ以来ひそかに畏敬していたことであった。果たせるかな、今日の氏の活躍はあの通りである。
 私のところは小林さんなどには比すべくもない小人数だが、それでさえ全くコンミッションの弊風を絶滅するには、かなり長年月の苦心を要した。世間がそんなふうであるから、私のところでも仕入部主任という地位はじつに危ない。他の係では無事に勤められたものが、ここに昇進して来るとたちまちにして過失をする。今はようやく理想的になったが、ここに至るまでに幾人かの犠牲者を出したことは、私にとってもじつに悲しい思い出である。

    同業者の囮《おとり》商略

 その頃中村屋の近くに、中
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