村屋よりもはるかに優勢で、めざましく繁昌する食料品店があった。この店ではミルク、バター、ジャム、ビスケット等を、ほとんど仕入原価で売っていた。近所で、しかも同じ商品を扱っている中村屋としては、じつに迷惑なことであった。私の経営方針は、店の経費が償われて職人その他の雇人に世間並みの待遇さえ出来れば、それ以上の利益はなくとも宜《よろ》しいという信念に立っていたから、薄利多売大いに同感であるが、その店のようにミルクやジャムをほとんど無手数料で売っていたのでは、いくら売れたにしても店の立ちようがない。そんな商売は無茶というものであった。それでもその店は見事やって行く。どうも不思議だ。仕入れが安いか、何かぬけ道があるか、どうも正直な頭では解しかねることであったので、私はなおもその店に注意し、また相当の対抗策もなくてはならぬところであるから、いろいろ熱心に研究していた。
 するとある日のこと、横浜の貿易商が来て私に、葡萄酒、コニャック、シャンパン等を売って見ないかという勧誘をした。私はかつて郷里において禁酒会を組織したほどで、飲酒の害は知りぬいていたから、それを自分の店で売ることなど思いもよらない
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