中村屋は三十余年を通じて、一回たりともコンミッションに悩まされたことはない。すなわち御機嫌取りを必要とする向きにはいっさい眼をくれなかったのである。同時にまた、これが我が中村屋の急速に大を成さなかった所以《ゆえん》でもあると考えている。
 この問題について人のことながら思わず会心の笑みを洩らしたことがある。ついでに記すが、今から数年前のこと、中村屋を出て大阪に行き、菓子の卸売りをしている者があって、例年の如く東京に見学に来て、昔を忘れず私の所へ寄ってくれた。私は彼が卸売りをしているというので、『大商店や百貨店等に品物を入れるには相当のコンミッションが必要だというがどうだ』と尋ねて見た。すると彼はいささか面目なげにうつむいていたが『旦那様に虚言《うそ》を申すわけには参りませんからありのままをお話し致しますが、実際上一割ぐらいのコンミッションは、今のところ一般に必要と致します。私も中村屋に居りまして、御主人からあくまで良品を製造して正直な商売をせよと御教訓にあずかっておきながら、これではまことに申し訳ないと存じますが、どうも商売が出来ませんのでやむを得ず眼をつむって習慣に従うて居ります。し
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