なことではなかったし、秘密を守るためには肉親の者が死んだという知らせを受け取りながら、涙を隠してとうとう葬式にも行かなかったのです。私もまた行かせることが出来なかった。義のためには人はじつに辛いことがあるものだと、私もひそかに涙をしぼったことでした。でも店員一同はもちろん、女中までがあの潔い公憤をもって一身を顧みずボース氏の守護に努めたればこそ、ボース氏も生命を全うし、日本の面目も立ち、また私たちとしては頭山翁の信頼にいささか酬ゆることが出来たのです。あの時皆が私たちを助けてくれたことはじつにじつに今も肝に命じて忘れません。
 この事件も一段落ついて間もなく、おまきさんは暇をとって家庭の人となり、横浜に住んでいましたが、大正十二年大震災の時危く焼死を免れ、再びもとの仕事に着手して復活の途上にある時訪ねて来て、無事な顔を見せてくれました。が、その後どうしたか消息が絶えてしまい、今もって安否が知れない。印度問題でボース氏の活躍を見るこの頃、しきりに彼女のことが思い出されてなりません。願わくはどこにありても健全なれと祈ります。

    店葬のはじめ

 留吉さんは鋳造の大家山本安曇氏の弟で
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