、中年で入店し、販売部で働いていた。中年者はどこでも歓迎されるものでなく、当人としても中途からでは何をしても成功|覚束《おぼつか》ないと相場がきまっているが、留吉さんも初めのうちは小姑の多い中に来た嫁のように、何かにつけ気兼ねはあり、仕事に経験がなくてずいぶん骨が折れたようでした。しかし性質が非常に善良で真面目で、倦まず撓《たゆ》まず働くうちにだんだん仕事に馴れ、いよいよ熱を加えて来ると普通の人の三倍くらいの働きをして、とうとう古参の者を凌駕するに至りましたが、これはほんとうに異数のことでありました。
惜しいかなある夏ふとしたことから病みつき、僅か数日にして暑苦しい倉庫の片隅で、朋輩の看護のうちに淋しく死んで行きました。その頃はまだ寄宿舎もなく、病人のために何の設備も出来てなかったので、どんなに行きとどかぬことであったかと、今思い出しても胸が痛くなる。それでも本人は不平を言わず、かえって朋輩のやさしい心に感謝して逝きました。
私たちは故人の功績に報ゆるために、店葬として厚く弔いました。中村屋の店葬はこの人をもって嚆矢《こうし》とします。
精一郎のこと
精一郎は主人の甥
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