は露西亜チョコレートがある。これら露西亜物の因縁については、盲詩人エロシェンコのことを語らねばなるまい。
 妻は昔から文学好きで、私のところに来る前から黒光の名で何か書いていたが、特に露西亜文学に興味を持ち、早稲田の片上伸氏、昇曙夢氏、若くして死んだが桂井当之助氏などと親しくし、また在留の露西亜人で遊びに来るものが多かった。エロシェンコは初め神近市子氏の紹介で来たが、彼は盲学校に学ぶために日本に来たところ、その後に起った本国の革命騒ぎで送金が絶えて困っているということであった。我々は彼が盲人の身で異郷に来て寄る辺もないのを気の毒に思い、かつてボースを匿《かく》まった画室に住まわせて、二、三年の間、家の者同様に不自由な彼の身のまわりの世話などしてやっていた。
 彼は四歳にして失明し、光明を仰ぎ得ずに成長したからでもあろうが、見るところ著しく不平家であった。後、暁民会の高津正道氏等と交際するようになり、当局からボルシェヴィキの嫌疑を受け、退去命令を発せられて日本を去ったが、我ら夫婦は彼が滞留中の日常を通じて露西亜の衣食住に対し新たな興味を持ったのであった。ついに大正十一年六月ハルピンまで出
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