い店が持っている馴染深さ心安さを大切にせねばならぬと思う。もとより古い店の構造には今日から見て物足らなく思われるものがたくさんある。例えば現在三階を持つ中村屋にエレベーターのないことなども、あるいはその一つに数えられるかも知れない。このエレベーターのことも後でいうが、大勢おいで下さるお客様に店内が狭くて御迷惑をかけるということを第一として、我々はじつにその足らぬもの欠けているものを切々と感じ、それをも厭わずわざわざ中村屋に来て下さるお客様に対してこれではならぬと、改築の希望も出るのであるが、我々はここでもやはり分を忘れてはならぬのである。経費の点はしばらく措くとしても、大規模に改築すれば、この店が長い年月を重ねて徐々に恵まれたこの賑やかな雰囲気は失われてしまう。
むろん新しく出来るものは、古くからあるものよりどんなに進んでいるか知れない。例えば照明のこと、ショー・ウィンドーの設け、売場の作り方、ケースの高さ等々研究の至らぬ方もなきこの頃である。下手なものの出来る筈はなく、改築とともに店は必ず見違えるほどの立派さ晴れがましさになるであろう。現にあちらでもこちらでも古い店が次第に改築されて、明るいモダンな構えになり、混雑して狭かった店が拡張されて綺麗に片づき、店員の手もふえ、用意万端整うて立派になりつつあるのを見受けるのである。
けれどもその立派になった店構えが、妙によそよそしく感じられ、入口が何となく入りにくく思われたりするのは何故であろうか。むろん商売にもより、改築の効果大いにあらわれ整然として品格上がり、いっそうそれがお得意の好みに適するという場合もあるが、我々のような小売店で、しかも菓子屋のような商売は店頭の入り易いことが第一、たとえ雑然としていても、年中平均した賑わいを店内に持っていることが大切なのである。その点中村屋のような和風建築は、間口がことごとく開放されていて、たとえ手狭であっても全体としてはまだまだ寛濶な感じで、出入りし易いのではないかと思う。古い構えを長年守って来た老舗が入口の狭い洋風建築に改造して、売上げを半減したという話も耳にしたことである。
じつにこの店構えというものは、床の高低一つでも大きな影響を及ぼすものであって、店の床は道路面から少しく爪先下りくらいになっているのが入り易く、また内の商品も床の低い方が賑やかに見えるなど、いろいろ微
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