。またこれによって、望月氏が常に日歩十五銭もの金を使って仕事していることを知り、ああ彼はこの高利のために生命を縮めるのではないかと歎息したが、果たして氏はついに病いに倒れた。私は若き人々に前者の轍を踏ませたくない。無理な金を使って仕事をすることは固く戒めなくてはならない。

    店舗の改造は考えもの

 現在中村屋では毎日八、九千人のお客を迎え、販売部に製造部に喫茶部に二百七十人のものが懸命に働きつづけてなお手まわりかねる有様であって、わざわざお出向き下さったお客様を毎度お待たせし、御迷惑をかけることの多いのを見て私はひそかに恐縮している次第である。店員諸子がこれではならぬと思い、店を改造し、手をふやし、千客万来に備えて遺憾なきようにしたいと希望するのも、まことに道理《もっとも》のことであり、主人として諸子の熱心を深く感謝する次第である。
 しかも私が諸子の熱望を制して、店舗改造拡張のことを実現するの道に出ないのは何故であるか、改めてここに思うところを述べ、諸君にも考えてもらいたいと思うのである。
 我々はまず、今日世間で中村屋中村屋と推奨して下さって、日々こんなに大勢買いに来て下さることを、真実に有難く思わなくてはならない。もとより店の発展は一朝一夕に招来されたものでなく、そこには三十七年の歴史があるが、しかもその長き年月の間には、努力しながら衰微して行った店も少なくないであろう。それを思えば中村屋はまことにもったいない幸せである。こうして共存共栄を願望すべき小売店として、一軒があまり大を成すことは考慮すべき問題ではなかろうか。
 我々のこの想いはすでに昨年末、ちん餅の価格を定める時にも問題となり、ようやくその一端を現したようなことであった。すなわち中村屋の餅は最上の新兵衛餅ひとすじであって、一般向きに備えているのではないから、御註文下さるのも自ずからきまった範囲のお得意である。これは餅に限ったことでなく、何品でも中村屋の製品はなるべく一つの分野に止め、他店の領分を侵さぬ方針なのである。しかもそれでも歳末のちん餅が比較的安く、そのため近所同業に迷惑を与えるというのでは、考えなくてはなるまい。そこで昨冬は、のし餅一枚につき一般の店より売価をおよそ十銭高くなるようにつけ、その代り目方で気を付けておいたようなことであった。
 ちん餅一つにしてもこれだけの心配りを要す
前へ 次へ
全118ページ中58ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
相馬 愛蔵 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング