枯時もはや近く夕陽照りそふ禿頭、その後頭には置く霜の、白髪あるべき年輩とも、心付くもの稀なりとか。妻はその名をお秋といひて、金三よりは年二つ劣れりとは、戸籍の面に明らかなるものながら、ふけ[#「ふけ」に傍点]性にて老人じみ、五ツも六ツも姉様の、出戻りなどしたるがかかり居るにやと、誰誤らぬものなきも道理、金三には別に、お艶といへる妾ありて家事万端とり賄ふなれば、新参の奉公人の、いつもお艶を奥様と思ひ、お秋を御隠居様と呼ぶも、あながちに咎むべき事ならねど、奥様と見誤らるるお艶の嬉しさに引替へ、御隠居様と呼ばるるお秋の心根、推し量らぬものぞなき。されど、慎み深きお秋の、ついぞ角目立ちたる事はなけれど、口さがなき下女下男は、とりどりに噂してお艶にくし[#「にくし」に傍点]といはぬはなけれど、人の事より我が身の上大事がるが世の習ひなれば羽振よきお妾さんに逆らふて、その身の損を招くでもないと、表向きはお艶に媚び諂へど、女部屋でのひそめきは、いつもお艶のよしあし沙汰なり。古参より新参に、新参よりまたそれへそれへと、いひ伝へ聞き伝へて今は誰知らぬものなきお艶の素生、彼は芸名を小艶といひて、もとは南地に
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