得べき事と思へるにや、形ばかりの聞合せも済みて、先方へは承諾の旨告げ遣りぬ。

   その五

 甲田は心多き男の常とて、君子に対してもさして結婚の日は急がず。それも一ツは離婚したりといふ妻の里方、極めて身分卑しきものなりしを、容貌望みにて搆はず貰ひ受けたるに、これも程なく飽き果てて、さまさまに物思はせたる末、難僻つけて強て離婚せむとしたるなれば、里方にてはヲイソレと籍を受取らず。表面は離婚したるに相違なけれど、その実籍は今も残りて、とかくは後の縁談の妨げとなるを、強て除かむとすれば、多少の金を獲ませではかなはず、それも日頃の性悪にそこの芸者かしこの娘の始末と、とかくに金のいる事のみ打続けば、世間で立派に利く顔も、金の事となりては、高利貸さへ取合はぬほどの、不信用を招きゐるなれば、纒まりたる金の融通付けむやうはなく、拠なくそのまま据置きとなりゐるなるを、一人ならず二人にまで結婚を申し込めりとはさてもさてもの男なり。されど元来世才に長けたる男なれば、巧みにそのボロを押隠して少しも人に知らさねば、これと同窓の因ある花子の兄さへこれを知らず。まして君子の父は明治の初年かつて某省の属官を勤めた
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