人、江戸ツ児なるを口惜しがりぬ。
 奥様は今がた旦那どの、玄関に見送らせたまひ。書斎のお掃除、これのみは、小間使の手にも掛けず、御自分のもちになりたるを片付けたまひ。さも大仕事したる跡なるかのやうに、ぺたり[#「ぺたり」に傍点]仲の間の火鉢の傍によりかかりたまひ。ああ草臥《くたび》れたと長煙管お手にしたまふ。この所作はまだちと似合ひあそばさぬやうなり。
 三は来たなと、今まで板場に骨休めし身を、急に起こして立働く、流しもとの忙しさ、奥様殊勝と見遣りたまひ。
『お前もちつとお休みな、今日は横浜へお出になつたのだから、夕方でなくツちやあ、お帰りはあるまいよ。お昼食は要らないのだから、まあ安心さ』
 三はぬらしたばかりの手を、大形に拭き拭き
『さやうでいらつしやいますか、道理でいつもより、お早くお出掛だと存じましたよ、じやあ今日はお留守事に、お洗濯でもいたしますか』
『ああどうせして貰ひたいんだけれど、まあ少し位後でもいいよ。どふもお天気が変だから』
いひながら、お庭の方を見遣りたまひ、旦那どののお机の上に、視線を触れて。
『おおさうさう忘れてゐた、郵便を出させろとおつしやつたんだに。大村は
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