居るかえ』
『はいいかがでございますか、ちよいと』
と立ちて大村さん大村さんと呼びながら玄関の襖を明け、
『おやまたどつか行ツちまつたんだよ。奥様居りませんでございます。いつでもね、あなた』
と、三ははや奥様の、御立腹を促し顔なり。
『さうかえ、まただんまりで出て行つたんだらう。真実《ほんと》に困るねえ、大村にも。今日は誰も居ないんだからつて、さういひ付けといたんだに、また無断で出たのかねえ。困るねえ、いくら無作法だつて、あんな男もないもんだよ』
奥様は大村の為に、郵便の事は忘れ果てたまひたるらし。三は大なる腰を、敷居際にどつと据え。
『さやうでございますとも、真実にいけ好かない人でございます。奥様の前でございますが、私達にでもああしろかうしろツて、旦那様よりか、いつそ威張つてるんでございますもの。どこの書生さんだつて、あんな書生さんもないものでございます。私も随分これまで書生さんの在るお邸に、御奉公も致しましたが、大村さんのやうな方は始めてでございますよ。だから私はこちら様へ上りました当季は、御親類の、若旦那様ででもいらつしやるかと存じましたに、尋常《ただ》の書生さんでもつて、あれ
前へ
次へ
全50ページ中11ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
清水 紫琴 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング