では、どう致して通れるもんではございません』
『ああさうだともさうだとも。だから私はいつも旦那様にさう申し上げてゐるんだけれど、御自分で連れていらしつたもんだから、打遣つて置け打遣つて置けとおつしやるんだもの。真実に困つちまうよ。あれでは書生を置いとく、甲斐がないじやないか』
『真実にさやうでございますねえ。お庭のお掃除一ツしやうじやなし、自分で遣う洋燈《らんぷ》まで、人に世話を焼かせておいて、勉強で候のツて、さう威張る訳もないじやございませんか。旦那様の御用ではございますまいし、自分の勉強をさせて戴くのを、鼻に掛けてるんでございますもの、でもそれだけならまだしもでございますが、奥様が何かおつしやつても、直ぐ風船球のやうに膨れるんでございますもの。奥様あんな書生さんをお置きあそばさないでも、いくらもよい書生さんがございますよ。旦那様にさうおつしやつて御覧あそばせな』
とはどこにか思召の、書生様ありと思し。奥様はむろんといふ風に、煙管をポンと叩きたまい。
『仕方がないのよ、いくら申し上げたつても』
『おやなぜでございます』
 奥様はじれつたさうに、火箸もて、雁首をほじりたまひながら、

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